第104期 #17

僕の鳥

 僕の鳥は鳴いていた。声を探して鳴いていた。
「ママお仕事に行ってくるからね。たぶん今夜は帰らないからね」
 からね。
「冷蔵庫に牛乳入ってるでしょ。お腹がすいたらパンもあるし。おじさんからもらったオモチャもあるでしょ」
 でも僕はね、おじさんが部屋にやってくる水曜日になると死にたくなるのでね、カレンダーから水曜日を切り取ってママの灰皿で燃やしてるんだ。
「セイラはまだ熱があるんだからね」
 セイラは僕の妹で、僕の鳥と話が出来るんだ。
「じゃあ行ってくるね」
 だからセイラは水曜日のおじさんからいつも何をされているのかということを、僕の鳥に話しているのだと思う。
――オレは水曜日のママの代わりに君らの面倒をみてやってるだけさ。オレは鬼じゃないんだよ。
 そうかな。おじさんは水曜日、新品のエンピツをケースから取り出すと、セイラを部屋に呼んでセイラに変なことしていたじゃないか。でも僕は別の部屋でアニメのDVDを観てるようにと、水曜日のおじさんに言われたんだ。
――お兄ちゃんにはビスケットをあげよう。でもママに喋ったら、君たちを殺してオレも死ぬからな。

 三月十一日の金曜日。ママが出かけてしばらくすると大きな地震がやってきて、部屋の中を目に見えない怪獣が暴れ回った。僕は熱を出して寝ていたセイラの手を引っ張ってベランダへ逃げた。
――じきに津波がくるわ。
 ねえママ、僕たちは死ぬの?
――たぶん今夜、ママは帰らないから。
 高いベランダから下を覗くと海がやってきて、家や車が木の葉のように流れていた。それに水曜日のおじさんも僕たちに手を振りながら流されているのが見えた。さよならを言う時間さえなかった。

 あれから1ヶ月後、避難所で生活をしていた僕たちに、ママの遺体が瓦礫の中から見つかったと大人の人が教えてくれた。でも久しぶりに会ったママの顔はジグソーパズルみたいにばらばらになっていたので、セイラはそのばらばらのパズルを必死に組み直してママの顔に戻そうとするので僕はセイラの手を握って人間の顔はパズルじゃないんだよ教えた。そして二人で線香をあげてママにさよならを言って立ち去ろうとした瞬間、ママの口元がなにか言いたげに動いたかと思ったら、もうずっと忘れていた僕の鳥がママの口からむずむずと這い出してきて、広い死体置き場に春が来たかと思うくらいに大きく、ほがらかに鳴いた。
 死者たちはあくびを漏らすと、言葉を探し始めた。



Copyright © 2011 euReka / 編集: 短編