第10期 #33

古城にて

 老婆が姿を現したのは二日前のことだった。
 老婆は、その痩せた両腕を前に突き出し、よろよろと歩いていた。今その手は少女に引かれ、老婆はゆっくりとだが真っ直ぐに歩いている。
「ここが厨房よ。こっちが」
「覚えているよ」
 老婆が答える。
「階段だろう?」
「その通りよ。これで大分覚えたわね」
「ああ」
 老婆は返事をした。老婆の瞳はせわしなく動いていた。その動きには何処か悲しげな規則があった。良く見れば彼女の瞳は白く濁っている。
 老婆はめしいだった。
「ここは随分良いね」
 老婆は言った。
「随分色々な所で働いたけど、この城は良いね。広々としてて」
「そうね」
 少女が答える。
「それに作りもとても複雑で」
「うん」
「ここの王様は随分立派な方なんだろうね」
 老婆の言葉に、少女は何かを言いかけた。
 だが少女の声は別の声に阻まれる。
「どう?」
 声は頭上からだった。
「うん。もう大丈夫よ」
「全て覚えましたです」
「そう。じゃあこっちへ」
「お婆さん、こっちよ」
「そうかい」
 彼女達は声の方へ、一段ずつ昇り始めた。
「ここは良いねえ本当に。こんなに良くして貰うのは、産まれて初めてだ」
「そう」
「頑張って働きますよ」
 彼女達はたっぷり時間をかけ、昇った。
「ようこそ」
 昇った先には少年が一人居た。
「今日からここがあなたの部屋です」
「どうぞ、お婆さん」
 少女が老婆から手を離した。
 老婆はよろめきながら歩き出した。数歩進み、彼女は椅子に辿り着いた。
「座って良いですか。足が、随分悪いんで」
「どうぞ」
 老婆は椅子に腰掛けた。想像以上の固く冷たい感触だったが、彼女はそれについては何も言わなかった。座れるだけで良かった。
「今日はこれで。おやすみなさい」
 そう言って少年達は老婆から離れた。



「泣くな」
「でも」
「すぐにきっと全てが良くなる」
 少年は少女から目を逸らし、そして振り返った。
 視線の先は瓦礫の山だった。見渡す限りの灰色。そしてその天辺に見える黒く冷たいシルエット。
 玉座に座るめしいた老婆。
「王様は、一体何処に行ったのかしら」
 少女はすすり泣きを止めようともしない。
「前の王のことは言うな。考えてみても仕方が無い」
「でも。あのお婆さんにも悪いわ、騙して」
「すぐにきっと良くなる」
 瓦礫の向こうには道があった。道は夕闇の彼方へ、何処までも続いているように見える。
「すぐにきっと良くなる」
 少年はその道から視線を逸らしながら、そう呟いた。



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