第10期 #24

ファミリーレストランで

 絶対に落とせない試験が迫っていたので、僕はいつものファミレスに来ている。サラダバーだけ頼み(水はセルフでおかわり自由である)、四人がけの卓を一人で占拠してとりあえず勉強している。日付が変わろうとしている。店内に客はまばらだ。
 友達のノートをコピったのだが、あちこち字がかすれており読みにくい。大学のぼろコピー機のせいに違いないが、愚痴をこぼしてみても始まらないわけで、僕はのろのろと解読を進めていた。気が付くと目の前に店員が座っていた。女の、僕より若い、胸の大きい子だ。


 店員が僕の横の卓を指差す。見るとそこには男女がいて、女のほうは泣いているようだった。続けて店員は言う。
「さて問題です。なぜあの女の人は泣いているのでしょう?」
 あまりに突然で、僕は戸惑ってしまった。が、どもりつつも考えたことを答えようとすると、店員はそれを遮り、卓に備え付けの商品注文ボタンを押すよう僕に指図する。ピンポン。店内にこだまする。店員は楽しげに応じる。
「はい、そこのお客様」
「男が別れ話を切り出したから」
 店員のペースに完全に呑まれつつ、僕は回答した。その最中、店員の名札を確認しようとしたのだが、その際どうしても胸に目がいってしまう。名札の場所が悪いのだ。
 そうこうしていると横の卓に料理が運ばれてきた。泣いていた女はそこでぱっと笑顔になった。
「正解は、空腹だったから、でした!」
 向かいに座っている店員は得意げに言う。表情の豊かな子だなあと思った。
 やがて店員は立ちあがった。机の上の空のグラスを持ち、去っていったかと思うと、ドリンクバーでメロンソーダをなみなみと注ぎ、また僕の席に持ち返ってきた。そのグラスには無料の水が入っていたのだが。僕は告げる。
「えっと、ドリンクバーは頼んでないんですが」
「お客様は不正解でしたよね、先ほどの問題」
 店員は微笑み、追い討ちをかける。
「ドリンクバー追加でよろしいですね」
 追加するなら新しいグラスで欲しい、そう僕は思ったが黙っていた。


 店員が去った後、ストローで毒々しい緑色の液体を飲む。懐かしい味。どうやらそれには薬効があるようで、僕の心の底に静かに沈殿していた感情はかき混ぜられる。
 ペンを持って勉強を続けようとしたが、店員のことが頭から離れない。財布の中身を確認する。注文ボタンを押す。押し続ける。ピンポンピンポン。少し手のひらが汗ばんできたのは、気のせいじゃない。



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