第1期 #10
今日は俺の誕生日で、祖父の命日でもある。そして、たぶん今回が最後になる恒例の集いが開かれる日だった。
俺は一足先に会場に訪れ、控え室で着替えていた。慣れぬ着衣に悪戦苦闘していると、宴会会場のスタッフが控え室にやってきた。俺は愛想良く会釈したが、スタッフは怪訝な目で俺を見た。そして、早口で宴会の準備が整ったことを告げ部屋から出ていった。
鏡台の前に立ち、衣服の乱れを慎重に整えた。襟もとの階級章の位置を丹念に調整し、祖父になりきろうとした。支給され一度も袖を通されたことのない軍服はナフタレンの匂いがするが、あつらえたかのように俺の体にピッタリだった。
鏡台の隣に置かれている祖父の遺影と、鏡に映る自分の姿を見比べる。まるで生き写しだった。
八月十五日。俺は二十五歳になった。祖父が戦死した年齢だ。
毎年終戦記念日に「○×守備隊第二中隊遺族会」が開かれた。祖父は中隊の士官だった。その遺族会を毎年滞りなく開催するのが祖母の務めだ。
記憶のない昔から、遺族会に連れてこられていた。祖父にそっくりな俺はこの会の目玉だったのだろう。別に悪い思い出はなかった。
祖母が控え室に入ってきた。八十歳に達した祖母は、杖をつきながら、今にも倒れそうな足取りで近づいてきた。そして、ショボくれた眼をカッと見開くと俺の胸もとに崩れる。
「ばあちゃん大丈夫か」
俺は祖母の肩をつかんだ。驚くほど軽かった。
祖母の真っ赤な目は涙をたたえていた。その瞳の焦点は合っていない。
「あぁ。あぁ。あなた…」
祖母はもう多くの事が分からなくなっている。それでも、名簿を作成し、招待状を送付し、この遺族会を一人でセッティングしたのだ。
「私には分かります。あなたは絶対に戻ってこない。お願い。行かないでください」
祖母は、いつもよりも一オクターブ高い声を張り上げた。年齢に相応しくない派手な色留袖、叩きすぎたおしろいに、真っ赤な紅を唇に引いている。祖父しか知らない祖母の姿。
「部下たちが待っている。何を泣いている。しっかりしろ。銃後の守りが無くて兵隊が戦えるか」
祖母から何度も聞かされた言葉を使った。彼女が最後に耳にした祖父の台詞だ。彼女は涙を拭いながらコクンと頷いた。
俺は会場に向かった。後ろから、祖母の小さな足音が聞こえる。祖母がもっとも愛する人に会わせてあげたかった。俺は軍人らしく背筋をピンと伸ばして歩いた。