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第26期決勝時の、#21風船葛(市川)への投票です(1票)。

2004年10月10日 5時48分21秒

 結論としては、この作品を推したい。決して誇張ではなく、1000字という文字数でいかに世界の広がりを豊かに表現するか、その限界がここに示されていると思う。なおかつ一方には、技巧にとらわれない、のびやかな叙情がある。言葉づかいに違和感を覚えたとの感想も見受けられるが、必ずしもリーダブルでない異化された言葉づかい、ときどきふと読み手を立ち止まらされる表現に、僕は逆に才能を感じる。いずれにせよ、「短編」の優勝作として、これ以上ふさわしい作品は考えられなかった。
 とはいえ、予選を通過した「ありくいさん」「パフェ・バニラ」「泡」の三作は出色の出来で、それぞれ面白く読んだ。そのうち、「ありくいさん」の感想は予選票にかなり長いこと書いた通りなので、ここでは他の二作について書きとめておきたい。
○「パフェ・バニラ」
 いきなり私事になりますが、自分が今、抱えている小説の冒頭でも、やはり二人の女性があだ名をめぐるやりとりをする場面があり、さんざん呻吟しているところだったので、今作にはいきなり引きこまれてしまいました。そういう事情ゆえ、自分としては特に親近感のある作品。
 前期では、会話が大きな比重を占める作品が多かった、との印象があったが、今期もこの短編をはじめ、果敢に挑んでいる作品がいくつかある。(会話、難しいんですよね。)今作の場合、作者は鋭い対立を描き出すでもなく、またナンセンスな言葉の応酬の果てに実存的疎外(死語ですかね)を垣間見せるでもなく、のんびりと、ほのぼのと、幸福で他愛ない二人を描出することを選んだ――と、そういうふうに僕は感じた。その作者の意図は十分に実現されていると思う。他愛ないものを他愛なく描いているからといって、作者自身が他愛なくしていてはいけないわけで、見かけののほほんとしたたたずまいとは違い、実はかなりの労作なのではないか、とも推察する。
 ところで、この短編を積極的に推す人は、そのほころびのない幸福感を称えるに違いないが、僕としては、そこが逆に少し物足りなく思えた。ちょうど、すべてのセンテンスが順接でだけつながっていて、逆接のない文章、「そして」だけで「しかし」のない文章を読むのに近い読後感、と言えばよいか? 終盤、主人公がアイスなんかよりチョコワッフルの方がずっとおいしい、とむきになって思う、このあたりの感じ方を、悪意、とまではいわないにしても、もう少し深く探っていってみては、と感じたが、どうだろうか。一方がもう一方に対して感じ
る、違和感というほど大袈裟なものでもない、何というか、「おや?」というちょっとした驚きや引っかかり、ささやかな差異、そういったものを通じて、対話にさらに奥行きを加えることはできるのではないか、と。
 ここで正直に打ち明けてしまうと、「それは単なる好みの問題じゃないの」と問われたなら、「きっとそうなのでしょうね」と頷くしかないわけで、自分の好みを一方的に開陳していることにいくばくかの後ろめたさも覚えつつ、しかしこの感想は現時点での一読者の受けとめ方として、削除せずにおこう。
○「泡」
 戦場ガ原蛇足ノ助さんは、つくづく書き出しの名手だと思う。
 試しに、旧作の中から冒頭だけを拾ってみると、「機械は高くて手が出ないので、代わりに人間を買うことにした」、こんなシャープな切れ味のものから、「どういった縁に当たるのかよくは知らないのだが、親類の集まりで年に数度決まって顔を合わせる、遠い血縁らしき人がいる」のように一見さりげなく、しかしその実そっと読者の顔色を横目でうかがうような、したたかな味のあるもの、「目覚めたドーナツは、胸にぽっかりと穴が空いたような気分でした」という具合に人を食ったもの、さらには「寝汗がああん一杯出るからタールでも摂らないとやってられないわの略であるネアンデルタール人の滅亡が(以下略)」などという、一読愕然、再読爆笑といったたぐいのものまで・・・読者を最初の一行から小説に引きこむことをよく考え、実践してこられた書き手だと思う。
 今作も、「振ったら飛び出した」のはまさにこの文体じゃないか、と思うほど鮮やかな切り出しである。
 しかし、と言うか、さらに、と言うか、唸ってしまうのは、全体の語り口の巧みさ、それから、炭酸水が噴き出たというただそれだけのことをめぐる、周囲と主人公の反応の豊かな描出にあると思う。特に中盤あたりの述懐、「新鮮な、茫然自失の感覚を、あのままもう少し味わっていたかった」。この意表をつく、しかし切実なフレーズには、かなり長いこと立ち止まらされてしまった。これ、素晴らしい一文だと思う。ついでに言うと、このセンテンスに感心する自分自身に対して、なんだ、「新鮮な茫然自失の感覚」に憧れるほど、おれも年くってしま
ったか? と苦笑したい気持ちもある。なんだかそういうことをいろいろと考えさせる文であり、小説であると思う。
 一方では、随所にもたつきを感じてしまうところもあって、例えば「ただ突っ立ったまま」から「三十秒は経っていないはずだった。」のあたりまでの文章は、ただ語りを遅延させているだけのように思ったし、終盤、「振ったら中身が飛び出した。(中略)振ったら飛び出す、と。」の部分も――異論はあるでしょうが――少なくとも僕には、意味の薄い、機械的な反復に感じられた。でも今回、何度か読み返してみて、そういったことは小さな傷だとも思うようになった。佳作だし、学ぶところの多い短編でした。(でんでん)

参照用リンク: #date20041010-054821


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