75期予選感想
1「死亡記事」
・納得できない点
アンデッドさんが毒殺されたかどうか、謎が残されたまま終るところ、というか何も始まっていない点。
・参考にしたい点
<アンデッドさんは生前に「もうすぐ始まる」などと意味不明なことをしばしば口走っていたという。>
という一文だけが小説として始まっているというこの点が可笑しかった。作者、今期は練習で書いてるな。
2「ハッピーマート事件」
・納得できない点
コンビニのポテトを潰す、という生々しさをどう捉えるかだと思う。私は説明的だと思った。ポテトを潰す、というより、「なぜかセレブたちのあいだでコンビニのポテトを在庫ごと買い占める動きが起こり、市民がポテトを食べられない」とか、もっと作者の小説ならではの妄想を楽しみたかった。
・参考にしたい点
部長を怒らせて、その「血走った眼光に、Vサイン」というのがこの話の山場であると思う。内容はさておき、緊張から弛緩へのリズムは参考にしたい。Vサイン。
3「東京タワー」
・納得できない点
初めての東京、夢の挫折、母の癌と死……といった長篇になりそうな主題が詰め込まれている印象を受けた。それに加えて「いかに生きるか」という観念テーマも混ざっている。これは千字ではきつい。
・参考にしたい点
書きたいテーマがやまほどあるように思える。それはうらやましいことだ。
4「僕の天使」
・納得できない点
「もう十二月になるというのに白のワンピースしか着ていなかった」女の子が唐突に現れる、というのはあまりに、あまりに作者にとって都合がよすぎる……しかし、まあ、書いている方は楽しいだろうなあ、と思うけれども。あと、後半がよく理解できなかった。
・参考にしたい点
「えっと名ま「エンジェル」
というところで不覚にも笑ってしまった。作者の妄想爆裂であるけれども、ここまで一貫してくると、なにか揺さぶられてくるものがある。もしかして
「なまエンジエル」とかいう子が世界に一人くらいいるかもしれないじゃないか、と説得されてしまいそうだ。
5「第75期投稿作品」
・納得できない点
一文一文は理解できるのだが、それがつながると何の話なのか全くわからない。漢字に頼りすぎている気がする。
・参考にしたい点
「顎の無い相手と対峙する女は石像と見紛う程冷然たる面持ちであり、疾風舞う大通りに居並ぶ石像群のその横顔に窓ガラス一枚向こう見惚れながら、私はゆったりと過ぎ行く時間を撫でるが如く珈琲を啜った。」
意味がわからなかったけれども、読誦したくなるほどかっこいい(これが決めの一文ならいいのに、ずっとこれだもんな…)。
この文に関していえば、顎がなくなってしまった女を眺めながら珈琲を飲む男、というわけなんだけど、なんだか独創的だ。
6「ミュージック」
・納得できない点
生きる気力のなかった主人公が、やるきのなさそうな歌手のCDを聴いたら予想外に感動して元気がでてきた、という話だと思うけれど、主人公は本当に彼の歌に感動したのだろうか。ただ一生懸命に歌っていれば、彼の歌でなくて、弾き語りの青年でも高校生のバンドでも、誰のどんな歌だってよかったのではないだろうか。そこがなんとなく不満だ。そのCDの歌手がかわいそうに思える。歌そのものを聴いてあげなければ。
・参考にしたい点
……とはいえ、これがブログや日記だったら、この書き手の素直さはとても好感が持てるし、作家の原点は後半の「私も知りたいと思った」に尽きるのだと思う。
7「この部屋は埃がこげた匂いがするの」
・納得できない点
小説が広がっていかない点。主人公が自分を肯定的に説得していこうとする流れは嫌いではないけれども、ぐっと耐えるやせがまんがあってこそ色気や魅力は生れてくる。好きにしていいよ、では、萎えてしまう。それと、「仕事がうまくいかなくても、学歴がなくても、私すごく幸せだ」の一文は書いてはいけないと思う。書いてしまっては小説が台無しになる。この一文を伝えたいけれどもこんなこと書けるものじゃないから、作家たちは何百ページも落ち葉や天気や、服のことを書いて、この一文の空気をなんとか書ききろうとするんじゃないだろうか。
・参考にしたい点
「今日の夕飯はどうする?」
「お米あんまりないからパスタにしよう。」
「じゃあカルボナーラがいい。」
「わかったー。」
こういうセリフがなんと活きていることか。彼氏と彼女の戯れがこの程度で抑えられていればよかったのに。千字ならこのあとはカルボナーラをつくり、あとは二人で散歩にでも行ったりすれば、部屋の埃も光に照らされてきれいだったろうになあ、と思う。
8「フォーエヴァー・ヤング」
・納得できない点
「流行にも常に敏感で考え方も今風」なおじさん(?)は、いかにもオジサンって感じがするので、入りこめなかった。
・参考にしたい点
「落ち込むヤングに掛ける言葉も見つからず、無力な自分を恥じた」
この一文には感動する。私はヤングに全く魅力を感じないけれども、そんなヤングを必死に慕い、「無力を感じる」ほど考えるこの「僕」はとても魅力がある。この「僕」こそ永遠のヤングではないか。
9「SILENT IN THE MORNING」
・納得できない点
「僕は動物達を起こさないようにそっと歩き続ける」
ということを、朝の5時30分に散歩しながら考えないでもいいんじゃないか、と思った。ここまで好きだったのでとても残念。
・参考にしたい点
小鳥のさえずりで「もう朝か」と目覚め、まだ5時すぎなのに、もくもくと散歩にでかけるはじまりが、かなりかっこいい。このまま何も考えず、何も起こらず、うちに帰ってコーヒーをいれて朝食をつくり、電車に揺られて仕事に行った……というだけの話でも、かなり読めると思うのだが。
10「Air-Complex」
・納得できない点
思わず投票しそうになったが、しなかったのは、やはり暖房が本当に暖房のことだったから。つまり駄洒落ぽかったから。
もし暖房や冷房やドライといった名前でなく、ただのフトシとかノブオとかいう青年たちの会話だったら最高だった。ドライに「ドライ」と呟かせなくたってよかったのに。そこまで読者を馬鹿にしないでいただきたい。駄洒落をつかってくれなくても、それくらい、わかるつもりだ。
・参考にしたい点
駄洒落は勘弁してほしいけれど、
「女の子はちゃんとコントロールしないとダメだぜボーイ」
「オーケー。俺が工場のエンジェル達と仲良くなって暖房の電源を再起動してやるぜ」
こういうセリフにはかなりグッとくるものがある。なんとすばらしいセンス。まさに現代の模倣ではなく、次の時代をつくりそうな予感を感じさせる。
11「花筏」
・納得できない点
物語としてのバランスが……気になる。全体としてはすごく好きなのだが。
多分、女が「花筏」について唐突に話しはじめる点がひっかかるからだと思う。もちろん、ここがキーポイントなのはわかっているつもりだが、やはり、不可思議な女を最初から最後まで不可思議として描くのは人物描写のバランスが悪いと思う。
私ならば、「破壊にも似た保護のもと、都会で自然は営んでいる。」と都市の自然について独自の考えを持っているこの主人公に、ごみ拾いかなんかさせてみたい。通勤中であっても、彼は無造作に捨てられる空き缶に我慢ができない。コンビニの袋かなにかに拾いながら会社へ向かう。そこで女を登場させ、「なにしてるんですか」と一言、女にたずねさせる。女からほめられた男が「いやあ、空き缶はともかく花びらは落ち続けるし、意味ないっていやあ、意味ないんだけどね」と会話をはじめたところで、女の「花筏」を登場……とやってみたい。
・参考にしたい点
川というのは、というよりわれわれが好む自然とは「破壊にも似た保護のもと」にある、ということが何気なく語られているけれども、これは大事な考え方だと賛成する。大自然というのは、ほんらい「癒し」などとは程遠いもので、もっと暴力的で残酷なものである。「人工」という響きを普通、悪い単語として使う人が多いように思えるので、ひさびさに新鮮だった。花筏というのも、造られた都市の川でみるからこそ、生きてくる。
12「ありがとう」
・納得できない点
昔飼っていた犬に助けてもらった、というオチをどう取るか。私はここに不満を覚える。というのは、この犬の存在が、作者の心のなかで突如浮かび上がったものに思えないからだ。頭で考えて、論理的に「これでオトそう」というのがみえみえだからだ。いってみれば、逆にナンパされるのを狙ってわざと黄色のハンカチを落として歩いているかのようである。
・参考にしたい点
文章が滑らかで、読みやすい。
「会社で大変なミスを犯し多大な損害を与えてしまった亮輔は、死んで詫びようと考えふらふらと道を歩いていた。」
という出だしの一文も無理がなくて、すぐに主人公・亮輔の自殺について入り込めていけた。これは簡単なことではないと思う。普通、自殺する主人公の小説に付き合うのは疲れるものなのだ。
13「梨葬」
・納得できない点
冒頭の「議論」が硬すぎる。これはわざと翻訳調にして、若い男女二人の滑稽さを強調するためなのかもしれないが、読み手にとっては彼らが幼なじみなのかはどうでもいいことなので、この議論の硬さに興味がわかない。ここは省略するかむしろ、後半に触れられる彼女の「梨のような胸」の話を、わざと最初にもってきて、
「俺たちは幼なじみだから貴様の梨のような胸をもませろ」
「イナ! 私と貴君は家庭教師の関係デアル。すみやかに私を合格サセルために汗をナガセ」
「俺は家庭教師の前に健全ナル日本男子デアル。カツ、金銭よりも貴様の梨のような胸を報酬として求メル」
というのはどうだろうか。
・参考にしたい点
「梨は祖母の好物だった。女が梨を祖母の口元へ運ぶ。祖母は口角から滴をたらしながら小さくカットされた果実を噛み砕く」
この部分がとても小説の文章だと思った。固有名詞にたよる短篇作品が多いなかで、きちんと描写ができている文章を読むと落ちつく。こういう文章が読めると参考になる。
14「指の夢」
・納得できない点
とても面白いような気がするのだが、悔しいことに、この話の状況設定がまったくわからない。男と女と監獄と監視員がでてくるが、これは空想の監獄の話なんだろうか。それとも現実世界のことなのか。男女を隔てているのはフェンスだけなのか、壁はないのか。他にも囚人はいるのか、いないのか……基本的な絵がみえてこないので、せっかくの指の動きのことにまで意識がむかない。残念。
・参考にしたい点
話の意味はわからなかったけれども、指と指だけの絡まりあいというのは、清純さを保ったまま相当にエロチックであるなあ、と参考にしたく思った。
15「夢」
・納得できない点
文字数が少なすぎるが不満なのと、小説家は無理だから漫画家になろう、という結論にはまるで納得がいかない。
・参考にしたい点
「読み返してみる。駄作だった。」という箇所は小説というより、小説家のありかたとして、とても大事なことだ。駄作だとわかっていればこそ、次作への意欲も湧くというものだ。その一方で 「この作品に敵うものなど、ないと思った。まさに、最高傑作」とうぬぼれる能力もなければ作家などというのは阿保らしくてやっていられないだろう。作品というより作家論として参考になる。
16「世界の死」
・納得できない点
「夢をみる機械」と「世界の死」と「人間の死」のテーマがあわさることなく、それぞれ暴走している感じがする……というか、つまり村上春樹「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」ってことだろうか。
あと、ささいな点だが「お洒落なコンドームの箱に似た煙草ケース」が気になる。お洒落な、という点が。
・参考にしたい点
千字で村上春樹の大作を要約せよ、という大会であったならば、これはそこそこいい線いくのではないか。リスの比喩の中で「誰にだって秘密はあるわ…」ともっていくところなど、本家以上ではないか。あと、彼の短篇「眠り」もうまく組み込まれている。
17「雪」
(投票予定)
・とりあえず一言
今期の作品「ありがとう」が描きたかった境地はここではないかと思う。この作品はすばらしい。
18「擬装☆少女 千字一時物語42」
(投票予定)
・とりあえず一言
前期、作者を絶賛したので今期はかなり意地悪に読んでみたのだが、否定すべき点がない。名文とは程遠いが、独自だ。独自ゆえに、癖になると離れられない魅力を持ちうる。飛行機は滑走路から飛びたち始めたか。
19「積み木の空とウロボロス」
・納得できない点
積み木がいつも邪魔をされてしまうだけの話であるから物語としてものたりない。教訓話として
読んでも、「出るくいはうたれる」とか、そういう連想となる。
・参考にしたい点
手足が動かなくなっても無理矢理動かして、積み木を積もうとするその執念が、なにか不思議な読後感を残してくれる。
20「私の夢を見る私」
・納得できない点
私が彼女になり、それは夢であり、潜在意識であり、雲がしゃべりだす。すこし設定が雑である。彼女の声にしぼって作品をつくればよかったのではないか。
・参考にしたい点
全体が抽象的だったなかで、「足首の太い血管の出血」というのがとても目立っていて、ここがいいと思う。
21「1000字でわかる(ような気がする)日本の歴史」
・納得できない点
残念ながら、よくわからなかった。これは……ヒップホップみたいなものなんですか?
・参考にしたい点
これが一息で書かれたものだとしたら、なにかその混沌たるエネルギーに脱帽する。
22「クリスマスカロル」
・納得できない点
文章がぶつぎりで、綿々とつながっていかない。固有名詞にたよりすぎている感じがする。それとディケンズの「炉辺のこほろぎ」が、この作品とつながっているのかもしれないが(たしか妻の浮気を苦悶し、認めてしまう男がでてきた)、こういう下味が下味としてちゃんと生きていない。というのも、今期の「女装小説」につかわれた「マッチ売りの少女」くらいの創造が、ここでは行われていないからである。レトルト小説と言われかねない危険がある。
・参考にしたい点
この俗っぽそうな男は鉄道が好きだ牛タンが好きだといいながら、本当はただ女に好きだといいたいのだろう、それにクリスマスなのに喫茶店に行って帰ってカレーをつくるだけ、という生活背景……この2点は悪くないのでは。
23「背中」
(投票予定)
・とりあえず一言
「何故だかむしょうにでんぐり返しをしたくなった」この一文は今期の短篇で一番強烈な一文だ。ここから話が大きく膨らみ、作者の得意な観念がこの一文で光りだす。無限の可能性を感じる。
24「家族会議」
・納得できない点
結構面白いな、と思っていたところ
「ボギーは3歳のメスなのだが、とにかく子沢山だ。家族が大切とか、男好きと言う感じは見受けられないが、単にエッチが好きなのかもしれない。両足を前に出し、その上に顔をのせて、舌を出している姿から反省の色は見られない。」
とあって、なんだかなあ、なんだかなあ、と不満を覚えた。世の中にこれだけエッチな動画や写真が氾濫していると、エロで読み手の欲情を燃え立たせるにはよほどの腕がいる。笑いについてもそうだ。露骨な比喩で笑えたのは、ポルノが遠いものであった時代だ。女に性欲なんてあるの? と思えた時代のことだ。犬と女を連想して笑うほど、現代のエロスは安っぽくなく、男も女も眼が肥えている。
・参考にしたい点
エロな点はともかく、冒頭の家族の登場からして、その語り口が滑らかで、続きが読みたくなるような文章だった。「威厳のないオヤジ」「頭の悪い姉貴」「気品のあるオフクロ」と、さりげなく人物描写に味付けがしてあって、それがドラマをみているように想像できて、よかった。
25「古井戸で」
・納得できない点
旧習に捉われた独裁者のはなし、として読むといい教訓になるけれども、なんというか、読後感がよくない。作者自身がどこかの昔話をかりて書いている気がする。この作品はこの作者によってかかれなければならない、という独自性がまったく感じられない。
・参考にしたい点
1000字で昔話を書く様式が完成されている点は参考にしたい。破綻がまったくなかった。
26「ミソスープの香り」
・納得できない点
今期、傑作ぞろいだったのが残念でならない。普通なら、私はこの作品に投票している。あえて、傑作の3作品と比較せざるをえないとするならば、味噌汁を重要視しすぎたことだろうか。もちろん、味噌汁にこだわる点が話のツボなのではあるけれども、こうタイトルから「ミソスープ」を連呼されると、せっかくの味噌の香りがなくなってしまう、それが惜しすぎる……
・参考にしたい点
しかしながら、何の集まりなのかわからないまま話がすすみ、味噌汁に異様な興奮を示しながら
「ご名答。サトウは味噌を持っていたんだ。世界で唯一の貴重品だぞ」
と紹介されればすかさず、青年は<祖母からの直伝です、と微笑>む。このへんの文章の呼吸が絶妙。作者の空想世界に見事にひきこまれてしまう。
「調査機関に全世界で照会してもらったけど、サトウが正真正銘の最後だった」
などなど、その意味が明らかにされないままに話が続いていくそのスピード感もすばらしい。それにしても物語る文章そのものにキレがあるなあ。
27「森の中のゾンビちゃん」
・納得できない点
俗にいうエログロのグロを扱った作品。ゾンビが女を食べるけれども、そのゾンビは可愛らしいという設定。文章はスムーズで文句のつけようなどないけれども、これは好みの問題として、私はこの話がうけつけられなかった。しいてうけつけられない理由を挙げるとするならば、男が女を襲う、という設定が倫理的な点で同意できないのと、物語としてはその設定は新しくもなんともない、ということだからか。
かりに、美貌の女性が、どうしようもない容貌の男性の血をみるのが好き、というかんじのグロであったならば、私好みだったろうと思う。
・参考にしたい点
この物語の人物造型も状況も私は好きではないけれども、一般に悪者であるゾンビを「かわいく」つくり、好みはともかくとして、食欲しかなかったゾンビが女の太腿に性を感じた(のかな?)という展開の方向は参考になる。なにより、グロな内容に対してきれいな文章が、不思議な空気をつくりあげている。
28「ファズ」
・納得できない点
ひとつの歌として読んだときに、ここはかみあっていないなと思えるところがあった。ひとつは「五十年に一回必ず破綻する宗教。五十年に一回必ず起こる大戦争。それらの原因は要するに」という部分。哲学として読むには短絡的であるし、詩としては硬すぎる。あと、五感を制御するソフトウェアのところも目が千個というところも、繰り返しが、気持ちよくなれない。
・参考にしたい点
時計工場の食堂兼休憩室で踊り狂う工員のイメージと、なぜか浴室につめこまれた家具の上のテレビを前にして正座をする「語り手」のイメージがよかった。