記事削除: パスワードの入力

削除する記事の内容

 喫茶店のウェイトレスをしている伊織さん。私よりも頭一つ背が高い。顔を合わせると挨拶をしたり微笑み合ったりする程度には仲良しだ。伊織さんの笑顔はやわらかく、仕事の疲れを忘れさせてくれる。
 喫茶店の隣、私のバイト先は洋服の量販店で、お洒落なイメージがあったりもしたけれど、入ってみると力仕事のほうが多かったりする。服が一杯に詰まったダンボールを引っ張り出したり持ち上げたり。
「佐藤さん、手伝う?」
 あるとき、早番で仕事終わりだった伊織さんが、裏口でダンボールを引き摺っている私を見つけて、そう声をかけてくれた。
「いいよ、仕事だし」
「手伝うよ」
 そう言って伊織さんはしゃがみ込み、ダンボールの反対側を持った。
「どこまで?」
「あっ、レジの横」
 持ち上げて歩調を合わせてレジ横まで運ぶ。伊織さんはまるで重そうな顔をしない。他のバイトの女の子と一緒に運ぶよりもずっと軽かった。それは伊織さんが長身だから。持ち上げる高さの関係で自然と伊織さんのほうが負担になっていた。
「いいのに。でもありがとう」
 ダンボールをレジ横に置いて、私は伊織さんに向き直った。
「ううん。佐藤さんみたいな子が重そうにしてたら、ついね」
「……伊織さん、力強いね」
 照れ隠しに話題を変えた。
「そうかな? ねえ、レジに両手ついてみて。後ろ手に。身体はこっち向けて」
「うん?」
 わけもわからず言われた通りにすると、すぐに伊織さんは私の手の上に自分の手を重ねた。それから私の両手をきゅっと掴む。掴まれる。
「力強い?」
「う、うん」
 妙な雰囲気。目だけを動かして辺りを見渡すけれど、近くには誰もいない。
「いや? いやだったらそう言って」
 真っ直ぐな目。伊織さんの顔が近い。考える。でも考えられない。ああ、これって何だろう。いきなりすぎる。
「い、いやじゃないけど」
「けど?」
「真っ直ぐ見られると息ができない。顔熱い」
 私のその言葉に、伊織さんはかくっと項垂れる。
「伊織さん?」
 そんな反応に心配して呼びかけると、伊織さんは顔を上げて、
「佐藤さんはどうしてそう、可愛いこと言うのかな」
「えっ? 何が?」
「ちょっとふざけただけなのに、もう」
 私を捕まえている人の、潤んだ瞳が、真っ直ぐに向けられている。伊織さんの顔。溺れそう。
「顔、近い」
「うん」
「でも伊織さん、女の人でしょ?」
「ううん、男の人」
「え……、あれ……?」
 触れる寸前、「冗談」と吐息混じりの声。

運営: 短編 / 連絡先: webmaster@tanpen.jp