今期は、字数がほぼ千字のものばかりで読みごたえがありました。
「夏の動物」
qbc氏の指摘のとおり、冒頭で月が出ているくらいの「夕方」なので、「営業時間が終わ」る頃には夜になるだろう。
ゴールデンレトリバーとキリンとの対比がよくわからなかった。
キリンがつれていた「化粧気のない、くたびれた感じの女」と「私」がどう違うのか、同じなのか、が感じられる描写があると面白かっただろう。
それぞれの人物が、ばらばらな印象なので、サバンナを想像することができなかった。
「世界一短い推理小説」
推理小説の形式は興味深い。その形式をどのように理解し、どのようにパロディにするか、が見所。その意味で、もっとずっと面白い作品を複数知っているので、この作品では物足りなかった。
> T.Nを殺したのは犯人出前か何かを配達する配達員だ。
の一文は解り難かった。
「淑女渇望」
別荘持ちの淑女らしいが、「おっしゃってくれて」というのは不自然。ここでは「教えてくださって」の方が自然に思う。
「私」の本心が理解できなかった。
「追い風」
全体によくわからなかった。内容が観念的なものであるときは、文章をわかりやすくしないと何にも伝わらないのではないか、と思う。
「今が梅雨なら半月あれば万事休す」の意味がわからなかった。ほか、「難癖」「あしらった」の使い方も不自然に感じた。
「ナレーション」
話し言葉を文章に書くのは本当に難しい。この作品では語りの面白さは感じられなかった。内容の盛り上がりが伝わらない。
この手の語りで漫画家・滝田ゆうの文章や、太宰の「駈込み訴え」以上に魅力的なものをつくるのは至難の業である。
「ひつじ雲」
この語りは山田詠美を思わせる。観念の少女とでも言おうか。もう少し長い小説の一部分ならば面白いだろう。千字で完結させるには一工夫ほしいところ。
「小あじの南蛮漬け」
意外性がどこにも感じられなかった。鰺を用いた意味くらいは感じ取りたかった。
この作品の何が余計で、何が必要かは、最後の一文だけの問題ではないと思う。たとえば、鰺と「私」の対比や、「私」と夫の関係、「私」の考え方・感じ方など、どこにどのように重きをおくか、が気になる。この作品はきれいにまとまっているが、何を読み取ればよいのか、わからない。
「らくだと全ての夢の果て」
詩のレベルが高かったら楽しめただろう。
( )内がらくだの台詞だろうが、行ごとに別の( )がついていて読みにくかった。何頭もが話しているのかと思ってしまった。視覚に訴えるなら別の方法もあったのではないか。
「アイ ウォント ユー」
字下げが統一されていなくて読みにくかった。
「全部がどうしても欲しい」というが、結果がありきたりすぎてがっかりした。解体しても頭部しか登場しないのでは、不細工な「私」はサロメに負ける。
「糞の礼」
「笹川さんの結婚相手は不妊症で子供がいない」ことと、「しかたがないよな」という台詞の繋がりが理解できなかった。また、「俺」「関さん」「笹川さん」の立場の違いが、顛末の理解の仕方に、どのように影響しているのかがわからなかった(三つの方向から一つの事件を見ているが、三つの視点の違いが読み取れなかった)。
「仮面少女」
「七添八起」は七転八起か。
「オレンジ」
字数に余裕があるので、なぜ昼夜逆転なのかについて触れてもよいのではないか。書かれていることだけでは、わけもわからず感傷的な場面を見せられている印象。
「常連のお客様」
マスターの話の深刻そうな雰囲気から件の客登場への転換、それを知ったときの「私」の台詞などに工夫があれば、もっと楽しめただろう。「えーー?!」という台詞や鳴き声の描写はひどすぎる。
「祖母の入院」
感傷的すぎた。描写はとても現実的だと思う。しかし、それだけでは面白くない。
近しい人の死に際、という感傷的な素材を何の工夫もなく使っている。唯一、珍しいのは「私」の学歴だろうが、その部分が活きていない。祖母の古い価値観からすれば、大卒だけでも「達成」になるだろう。
古い価値観の持ち主が一人死ぬことで、何かが変わるのであれば面白い。しかし「私」はただ感傷的に泣くだけなので、その後の進展が期待できない。
「さあ、みんなで!」
既存の人物でなければもっと面白く読めるような気がした。パロディとして読むためには、もう少し毒気がほしい。
「シルク」
面白いか、面白くないか、の判断以前に、何を言ったらよいのかがわからない。
私には文章として読むことができない。引用の寄せ集めにしか見えない。小説は引用でできあがっているとはいえ、素材だけを集めても何にもならない。組み合わせて文章にすることに、私は価値を見出す。ゆえにこの作品には価値を見出せない。引用のセンスはいいと思う。