仮掲示板

滑り込み的第66期感想��

楽しく拝読いたしました。

1 夏の動物 森 綾乃さん 991
 夏の動物はここに登場する人物に向けられた言葉であるようです。キリンはよかったけれど、ゴールデンレトリバーは改良種だからいささか人為的な生い立ちで、サバンナになじまないと思います。調べたところ北半球高緯度地方の狩猟犬を掛け合わせた品種のようでした。
 冒頭、月についての語りはなかなか素敵でした。

2 世界一短い推理小説(千字ver) Et.was 1000
 犯行は衝動でも動機は明らかに怨恨の線でしょうね。そして犯人も明確。「何故あのように」は良くできていて、書き手は犯人が凶行に及んだ理由を当然と思っていて、なおかつ、その殺され方が動機に対して理不尽な方法であるということを一文で表していますから。

3 淑女渇望 柊葉一さん 943
 「パパとママとフィアンセのレスマンが死んだ」に始まって、順列・解説的に物語が進むことに興味をひかれました。主人公が硬直した心理状態にある時にこういうストーリーテリングをするとリアリティが増すように思えます。
 しかし淑女的なものを、しかも渇望するというほどの強い感覚は、物語のなかで既に失われています。第一、恋しい幼馴染は最初から主人公のそばにいるのですから。このタイトルに感じる違和感に近いものは、後段、幼馴染の登場あたりから増していきます。まず、主人公にナイフを突きつけなくても、主人公は彼にとって安全なのです。主人公の「いつでも一緒に死ねるのね」というエンディングもロマンティックなようですが、それならば彼女がそれを望んでいたことを物語の前段でほのめかしておく必要があります。彼の犯行同様、彼女の思いも無計画で唐突過ぎるのではないでしょうか。

4 追い風 ハコさん 1000
 追い風、髪の毛、扇風機、「あー」などのキーワードの配置で特異な世界が築かれています。イメージがぼけるのは、言葉の持つ印象と文章中での表れ方にぶれを感じたからでしょうか。例えば「心配するな」という医者がため息で「あー」とか、「追い風」なら背中から吹くのではないか、とか。
 それを置いて読んでみると、やはりエロ話ですね。ベッドの中で吹く追い風に、「だってスキンでしょ」という彼女。追い風に向かい風を当ててるし、リストラされてるし、こりゃあ別れるわなあ、という納得の展開でした。

5 ナレーション Kさん 1000
 語りが流暢で大時代的なところが愉快痛快でした。語り手が誰であるのかは半分くらいでわかったでしょうか。ただ、煙幕のような情景描写だけで全部話を進めるのはもったいなかったと思います。語り手の混乱を表すとしても。

6 求ム、 翻車魚さん 1000
 なるほど機械オチでしたか。世慣れない青年が上司との人間関係に悩む様がリアルです。ただ、破り捨てる、というオチが何を意味するのかが良く解りませんでした。やけになっちゃったってことでしょうか。外部操作に焦がれる主人公はきっと、これからもしばらくはマニュアルを手放せないでしょう。

7 たけしの観照(3+9=?) 宇加谷 研一郎さん 1000
 観照、というほど達観しているようには思えませんでしたが、自分の考えを挟まずに見たとおり体験したとおりのことを語る剛の様子は、それと呼んで良いのでしょうか。玲子が過去を思索する姿との対比もあり。狙ったオチがあるところが関西っぽくて、やっぱそれ観照ちゃうやん、ってつっこむとこです。

8 舌鼓 bear's Sonさん 1000
 「舌鼓」についていろいろ調べてみました。これが生活に出るのは乗馬体験者であるとか、そういうところもリアルな感じです。ただ「舌鼓」には行動を強制する意味合いがあるらしいので、そういうところを絡めると良かったのではないでしょうか。社会人になることを強要される感覚とか、競走馬の夢潰えて乗馬として去勢されて生きるとか、それでも馬は走ることでしか生きられないとか…と、「舌鼓」という行為。
 イメージが膨らむヒントをもらったようなお話でした。

9 ひつじ雲 白縫さん 999
 ここで物語をやめちゃうところが怖いです。この物語は繰り返しの中に閉じていて、進む先も行き着くところも無いのです。誰かこの子を救ってあげてください。

10 Corruption of the best becomes the worst 崎村さん 978
 こういう風に命までも玩ぶ放埓な思考は、若いときにしか許されないのかも知れないですね。年を経てさまざまなことに慣れ、あるいは受け止める下地ができる前の、思春期における自我への思索は、体験によって紡がれる新たな価値観の噴出と淘汰によって、幼い自我では制御できない否定と拒絶の奔流を生み出すのではないでしょうか。…とか何とか考えると、自分の年齢を実感してしまうわけですが。
 このような言わば何かを殺し、あるいは何かに殺されるという観念に翻弄される時を、私自身も過ごしてきたと思うのですが、やはり似た風だったようです。生死の感覚が希薄で、抽象的で、夢見がちなんですね。観念の空中に綱渡りする感じです。足をつけるべき大地も、自分を映し出す観客の姿も遠く、孤独に昂揚するちっぽけな魂。そのうちどこかにはたどり着くのですけれど。

 で、その当時の感覚が今自分の中でどうであるかということを考えてみると、決して美しく昇華されているとは思えないのです。体の隅っこの辺りに黴びているかのように息づく滓があって、感情の湿度を得た時にふっと勢いを盛り返すような。

11 小あじの南蛮漬け 長月夕子さん 991
 南蛮漬けを頭ごとするのかどうか、エンディングをみて気にかかったので調べてみたら、どのレシピも頭ごと齧って骨までイけると書いてありました。
 人物の性格と関係が情景の中に織り込まれて、包丁を使う主人公の息遣いまで感じられるようでした。このへんが長月さんの拘りどころの一つではないかと思います。丹念に光線を選んで撮影された一枚の写真のようです。

12 らくだと全ての夢の果て 新井さん 853
 こういうお話は好きです。きれいでイメージが整っている。らくだと彼の距離感もほほえましい。堅苦しい自己主張や衒いが無くて、そういう意味においては読みやすかったと思います。もっと言葉を選ぶ努力をしてみると、さらに佳いお話になるでしょう。

後半にすぐ続く!

滑り込み的第66期感想��

13 アイ ウォント ユー 田中彼方さん 1000
 醜女が愛しい美男の首を切り落としてその首と飛び降りる話というのは、どこにどういう感情を寄せたらいいのか、私にはよくわかりませんでした。インパクト主眼の物語であれば、それはもうネタに凝らないと、どうしてもどこかで読んだ感がつきまとってしまうのではないでしょうか。
 …とか思うのは最近になってからで、前はこういう起承転結のクリアーな、おどろおどろしく完結した物語が大好きでした。そういう時って、登場人物の気持ちとか人間関係とか、一切無視なんですよね。とにかく怖い設定がされていれば楽しいって感じで、もう人として真っ黒。醜女なら何しても許されるって、よくよく考えたら酷い話ですよね。

14 擬装☆少女 千字一時物語24 黒田皐月さん 1000
 子どもにストリップをさせると児童福祉法にひっかかるかもしれない、とか余計なことを気にしてドキドキでした。描写に拘りを置くと、官能小説との境目がやはり難しくなるのでしょう。

15 右手と左手の会話(ソナタ形式) ロチェスターさん 1000
 右手と左手の違いがわからなかったのですが、拍手する手のどちらが鳴っているかと考えるとそれはどちらでもよいわけで、ソナタはともかく手拍子のように軽快な会話でした。

16 糞の礼 qbcさん 1000
 今期のは体験記をもとにした虚構だったのではないかと思って読みました。なので三浦さんの読まれたように、性に関する話としてあえて構成されたものではなくて、そうした性的な語りを自然に織り込んでまとめられた結果それがあるのであり、その辺はqbcさんらしさであるように感じました。
 ところで白髪頭と関さんの怒りの正体についてはもう少し考えてみる必要があるかと思いました。ここがポイントかと思ったのですが、あまり表現を重ねず、かわりに登場人物が一気に増えていったもので、私としては正体を掴みづらく感じたのです。
 「仕事だからするけど」というのはただ白髪頭の怒りへの反発であって、本来の関さんの思いとは、もしかしたら少しずれていたのではないか、と仮説してみました。
 白髪頭はおそらく、障碍のある子どもの所作によって世間から白眼視されるという体験を積み重ねていたのでしょう。そのことへの反発が、白髪頭の怒りにつながったと想像することは、この文脈から容易でありましょう。
 しかし、この体験を乗り越えてきた人は、子どもを代弁するという目的に発するエゴイズムを捨てて、おそらくこの場面で自然と謝罪していたのではないかと思います。関さんがそのことを感じていたのかいないのか、ここではよくわかりません。しかし、白髪頭の怒りさえなければ、別に床を掃除することを厭わなかったのではないか、そんな風に考えました。汚しちゃったことを一緒に笑い話にしながら。ただのパートのおばちゃん、が持っている生活の底力のようなもの、体験に培われた迫力のようなものが、ここに見え隠れしているのではないでしょうか。
 ですが、肝心の関さんの家族についてはひとつも語られず、関さんに共感する支配人のことだけが語られています。あえて関さんの生活を語らず、支配人の言葉を語るという距離感もまた、感情の湿度を落としてあえて観照に依る姿勢の結果であるようにも思えます。このあたりのすっ飛ばし方もqbcさんらしいように思えます。個人的には読みづらかったのですが。
 また、この支配人の言葉を生活体験に由来する共感から出たものと推測すると、今度は「パートの精神衛生管理」を担うという主人公の自負に、若気の至りとでもいうものが見えてくるようにも思えます。
 事実は小説より奇なりと言いますが、実体験から創作を起こす愉しみの真髄は、こうしたところにあるのではないかと、この作品を読んで感じました。作者の意図しない読み方だと思うのですが、こういう体験ベースの創作を、湿っぽくならず自然に形にできるスタンスが自分にはないと思って、正直脱帽しました。

17 海退 川野佑己さん 1000

> 一応、帰るべき場所はある。
 かどうかちょっと怪しいようだけれどこの一文で説得しきってしまおうとしているのか、とか思いつつ。
> 灰色の砂埃が、原付のタイヤにまとわりついて離れない
 回転するタイヤにしてはねばっこい表現でおもしろいなあと思いつつ。

 四つの節に分かれるこの小説は、「起」の部分に過去から現在への流れ、「承」で過去に通じる海の空想、「転」で近い将来の海へ思い、「結」の部分で海への途が開けた瞬間を描いて物語を終えています。そのために、主人公と同じく今海にいないはずなのに、寄せては返す波に揺られているような気分になったり、ふと乾いて海退した空の下に投げ出される錯覚に陥ったりと、主人公の所感の中で海の満ち干を感じることができるというのは、得がたい表現力であろうかと思います。いやほんとうにうらやましいことです。
 海退を解体と読んでみると小説的な何かを解体するような印象があったり、何かを懐胎する次世代のテクストであろうかとも思ったり、いや次世代なのかどうかそこまでいろんな小説を読んだわけではありませんが、自分の中ではとにかく新鮮でした。

18 仮面少女 壱倉柊さん 1000

> ヘンテコな名前を使って正体を霞めて、睡眠時間を削って。

 自嘲でしょうか。業界を描く風でネット創作を描くと。これは新しい。登場人物が多くて似たような会話して、そのへんの仮面性もあって、実にそれっぽいです。とか思っていたら、

> 僕にはこの世界で出来ることが確かにある。それで今は、何も問題ない。

だそうです。こういう確信は私には無いです。
ファイト。
あと冒頭の「レーコ」だけ妙に昭和歌謡っぽくてなんか好きです。

19 車内の吐息 櫻 愛美さん 999
> この状況が分かるか。
もう少し描写してもらえるとわかると思います。はい。
主人公の彼女はただの赤面症というか、緊張体質なのでしょう。別にチャラ男に惚れた話ではないですよね。
西条…広島か長野か愛媛か。いずれにしても、そのあたりの駅間距離で、数駅を徒歩通学とは、まことに根性ある女の子です。

20 顔 三浦さん 994
 「彼」の顔の覚えられない「私」の一人語りから「彼」と「私」の対話、「彼」の一人語りと続くうつくしい幻想的な物語で、かんかんのうの登場から時制が逆転しているのだろうと思ったのですが携帯電話の順序がいまひとつわかりませんでした。
 盲目、生死、かんかんのう、というのは前作と同じモチーフを使っているのですね。

21 オレンジ fengshuangさん 606
 夜に暮らすリアリティを追求してみると、明暗の対比がもっと強く出たと思います。夜でなければいけない仕事、夜に暮らさなければいけなくなった主人公の過去。そのあたりから広げてみては。

22 常連のお客様 わらがや たかひろさん 1000
 常連の猫さんよりマスターの方が寂しがりやな感じです。

23 祖母の入院 わたなべ かおるさん 982
 死を前にした祖母の言葉が、それまでの長い人生で培われたであろう女性観と反転しているところが気になります。女に学問はいらぬというのがどういう経験や思いから出てきたのか、それを孫である自分はどう受け止めてきたのか、それなりに認めているところはなかったのか、死の直前に意見が翻った時に二十年余の祖母像は崩れ去ってしまうのではないか…1000字で人生語るのはなかなか難しいのだなあと改めて感じました。

24 さあ、みんなで! ハンニャさん 999
 え、ここでやめちゃうの? みたいなところで物語を終わらせてくるのがハンニャさんらしいと最近思います。こういう物語ならそうするであろうという起承転結のどこか一部にフォーカスを当てて、その部分を楽しんで書いている感じ。

25 シルク るるるぶ☆どっぐちゃん☆さん 1000
 芸術の神様がいるよ! qbcさんみたいな神様です。ダイジェストされた無数のセンテンスをマーケティングに基づいて集合させると、歴史はこんな風に見えるのかも知れませんね。

Re:滑り込み的第66期感想��

 わたなべさんの作品について

〉23 祖母の入院 わたなべ かおるさん 982
〉 死を前にした祖母の言葉が、それまでの長い人生で培われたであろう女性観と反転しているところが気になります。女に学問はいらぬというのがどういう経験や思いから出てきたのか、それを孫である自分はどう受け止めてきたのか、それなりに認めているところはなかったのか、死の直前に意見が翻った時に二十年余の祖母像は崩れ去ってしまうのではないか…1000字で人生語るのはなかなか難しいのだなあと改めて感じました。


 私はこの作品、死の予感がする祖母という設定上、とても理に適ったよく観察された作品だと思いました。
 祖母の言葉、この時代の女性にありがちな「世間体」や「常識」にとらわれていて、孫の人生をうまく受け入れられないもしくは、自分が学問をしたかったのにそういう時代ではなかったためかなえられなかったから、孫には自由にやらせてあげたいという自身の希望を表に出すのは避けたいとか、いろんなしがらみがあって、「女に学問は云々」というセリフになったのだろうと私は推測しました。死が近づくと、人はそういうしがらみから徐々に開放されていくような気がします。私は祖母を亡くしたときに思いました。
 祖母はとかくプライドが高く、戦後没落した我が家にあってもいつまでもお嬢様だったので、してもらうことには当然という態度で王様のように振舞っていましたが、死ぬ直前になって「いただきます」「ごちそうさま」ありがとう」を初めて言ったんですね。これはただの一回も聞いたことの無い言葉だったので、こりゃいよいよお迎えが来たかと思ったらその日の夜になくなりました。そういうわけで、私はこの主人公の祖母のあり方には疑念を挟む余地がありませんでした。
 

Re*2:滑り込み的第66期感想��

長月さんへ。

〉 わたなべさんの作品について

 この時の私の感想は、主人公が祖母の言葉を「遺言」と受け止めた結末に対する違和感であったのだと思います。
 私は主人公側で読みましたもので、祖母の意見が反転していることを主人公はどう受け止めるのだろうとずっと考えていました。ここを中心にもう少し説明してみます。
 病院での祖母は、主人公が知っている頃のままではありません。祖母が人生で積み上げてきたもの、積み上げなければいけなかったもの、生活を支えるために纏ってきたもの(そのひとつが、「女に学問などいらん」だったのでしょう)、そうした憑き物が、おそらくは認知症の症状によって、幸か不幸か、自然と剥がれてきているように私には思えます。このあたりは長月さんのコメントとそれほど離れてはいないと思います。
 祖母がここで言った「たっせい」は、主人公にとっては祖母から最後に聞く言葉なのでしょう。けれど「遺言」のように「意図して何か遺す言葉」ではなく、死へ向かう人のありのままの言葉として受け止めるものだったのではないでしょうか。
 祖母と暮らしていた頃の主人公は、祖母が人生で抱えてきたものを受け容れられず、朴訥に生きてきた祖母とは反対に、何度も進路を変え、今も中途半端な自分を抱え、祖母に反発していた頃の自分のまま、迷い続けています。主人公は死に面した祖母の変化を受容できたのでしょうか。その上で、「たっせい」を「遺言」として受け止めたのでしょうか。そうではなく、変化によって祖母の死を現実として認識し、悲しみとともに自分に引き込んだという風に見えます。「私は祖母が死ぬのだとこの時わかった」というニュアンスは、「遺言」という祖母の積極的な意図を感じさせる言葉ではなく、違う言葉で語られるものだったように思えるのです。

Re*3:滑り込み的第66期感想��

 返信ありがとうございます。


〉 この時の私の感想は、主人公が祖母の言葉を「遺言」と受け止めた結末に対する違和感であったのだと思います。

 この一行を失念しておりました。私は実はこの作品の最後二行がどうも納得できず、それを飛ばして読んでいたと思います。
 とむさんのこのたびの書き込みを読んで、そういったことを踏まえた感想だったのかと納得いたしました。
 お忙しい中、ありがとうございました。

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