このままでなるものか、と思ってみたのですが、やる前からわかっていたとおり、とても敵うものではありません。何が、と言うと、『36+1/2』では、女装少年の男性の一面、というはっきりした構成になっているのですが、どうもそうできなくて、キャラが定められなかったのです。ふたつの台詞を書いた時点でこれではただ同じようなものを書くだけだと思っていたのに、なぜか決着は違う方向になっていて、いったいどうしたことかと自分でも思っております。場面数が減っているのに、という問題は、以前からのqbc指摘(何回かあったはずだが、思い出したのは二月の頃)が当てはまるかと思います。
それで、書いてみたのはコレ。
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擬装☆少女 千字一時物語36.5
あの佐藤伊織とバイト先が同じであることを私が知ったのは、バイトを始めてから三ヶ月も経ってからだった。駅ビルの婦人服売り場で、彼が接客、私は陳列だったのだ。友人にそう言うと、わからなかったのか、と驚かれた。常に派手な雰囲気の男女に囲まれている彼との接点など私にはなかったのだから仕方がない、と言ってはいけないだろうか。あれほど有名なのに私がわからなかった理由、それは彼の特異な趣味、完璧なまでの女装だった。
素材が良いのは私も十分に知っていたが、着こなし、メイク、姿勢、どれをとっても並の女性では足元にも及ばないと言う。例えば同じタイツでも、彼が穿けばきれいな足が引き締まって見えるのだが、私が穿くとプロレスラーのようだと言われてしまう始末だ。そう言えば採用面接のとき、急に人手が必要になったと聞いた。こんな私でも簡単に採用してもらえたのは、きっとそういう事情があったのに違いない。彼は常に若い女性に囲まれ、私はその人数に比例した汗を流していた。
九月最後の日曜日の朝、セール品の搬入のため、全員が二時間早く出勤していた。レジの裏側の置き場からだけでなく、階下の倉庫からも搬入しなければならなかった。あと何回台車を往復させれば良いのだろう。流れる汗を拭うことさえおっくうだった。倉庫に台車を入れ、段ボールを乗せようとする。しかし段ボールに手を掛けた腕が持ち上がらない。もう駄目、小休止しよう、そう思ったとき、硬いヒールの音が近づいてきた。そっち持って、と言う涼やかな声に、私は反射的に段ボールを持ち上げた。信じられないほど軽かった。黒のスーツとタイトスカートと、まだ暑いのにタイツを穿かされているのは接客担当だろう。その名札に、佐藤伊織とあった。あまりに突然の遭遇に驚いた私に、気の利いたことなど言えるはずもなかった。二人はそのまま一組で、会話もなく搬入を終わらせた。
「こんなに手足太いのに全然力なんてなくて、役に立たない肉だよね」
気まずいところを笑ってごまかそうとしたのだが、彼は笑ってくれなかった。馬鹿にされているのだろうか。
「鈴木さんは女の子なんだから、力はなくて当然でしょ」
せっかく女の子なんだから、そういう言い方、良くないよ。至極真面目な顔をして彼はそう言った。それから、メイクを直さないといけないから、と化粧室に向かった。歩く姿には人柄が表れると言う。私も彼のファンになろうと決めた。
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題名を分数にしていたのは、二月の経緯からこれを予見していたのに違いない。