仮掲示板

第60期感想その1(作品7・6・4)

こんにちは。短編60期の感想をいくつかにわけて書きます。今期も面白いですね!

#7
金魚ガ笑ウ
·作者: 仲根琴
·文字数: 248

婚約者を殴って喜ぶ男の話。

そんなに殴られてばかりいる女性の鼻の形が気になりました。鼻を殴らせる女は相当自分の容姿にコンプレックスがあるとしか思えません。実際、歯も欠けていくだろうし、それほど美人ではない(なくなる)でしょう。

それで「彼女」というのは女ではなく、もしかして女になろうとしている男ではないかと転換させてみました。それに殴っている男はインポテンツではないかと思いました。つまり性欲の発散の手段というわけです。

そうすると、殴られるのが好きなオカマは、実は元ボクサーと連想がとびます。それだと殴られても平気でしょう。そして殴っている男はとてもやせぎすの腕の細い女のような男ではないか、とさらに連想はすすみました。そうすると今期の黒田さんの作品の主人公がこの女(役)へとなっていきます。

脱線を楽しませてもらいました。


#6
スラムダンク
·作者: ハンニャ
·文字数: 955
 
自分よりも「おもしろい」人間(ダウンタウンや鳥山明、藤子・F・不二雄、杉浦茂)を100部屋くらいある地下牢へ閉じ込めた「僕」が、熱した鉄の棒を持っていじめにいく話。

杉浦茂(!)の名前が出て来たのでびっくりしました。猿飛佐助とか書いた人ですよね? もしかして今年が生誕99年である(←調べてみた)ということで登場させているんでしょうか。そうだとしたら、ただでさえおもしろい本作に奥行きがうまれます。ギャグは苦手なんですが、この「スラムダンク」については話の土台がしっかりしているので私にも楽しめました。


#4
地図
·作者: ワタナベ
·文字数: 748

男が自分の家が載っている地図を指でなぞりながら、近所のマークからは物語が浮かんでくるのに自分の家からは物語がみつけられない。それで馴染みのジャズ・バーのハウスピアニストの弾く音楽を聴いて、自分の物語をみつけようと思っている話。

この話を読んでいたら「煙が目にしみる」が聴きたくなりました。セロニアス・モンクがソロで弾いているディスクを聴こうと思ったのですが、みつからない。エディ・ヒギンズがカルテットで弾いた盤ならすぐにあったので、それを聴きながら感想を書くことにします。「いつでも煙が目にしみる」を弾いてくれる小林さん! ほかには弾かないんですか、とツッコミたくなりました。やっぱりプロだから文句は言わないんでしょうか。

小林さんが男性なのか女性なのか気になりますが、この文脈からなら女性がいいなと思いました。自分探しの「ぼく」とくすぶっているジャズピアニストの女性。何かが起こりそうです。

「ぼく」はやっぱり煙草を吸うんでしょうか。酒よりも珈琲でしょうか。残りの250字でそういうところまで読めればよかったと思いました。

第60期感想その2(作品15・31・12・11・21)

こんにちは。60期感想その2です。最初に簡単な要約をしているのですが、それはあくまでも私がその話をどう理解しているかなので、誤読も多いと思います(ご了承ください)。

#15
赤いマリオネット
作者: 藍沢颯太
文字数: 549

仕事帰りの男が夜道を歩きながら、点滅している二台の赤い信号機にさまざまな幻影をみる話。

赤い点滅が赤い微笑になり、微笑は猫の眼に、それは網に、そしてそこに捕われて女性の視線、蕾、濡れた糸、血の針……と言葉のダンスが続きます。しまいには血の針からアスファルトを舐めまわしている老人がでてきて、彼が踊りだすところまでイメージが飛翔していくので読んでいて快感にちかい衝動を味わいました。ジェットコースターでいえば、ぐいぐいと最上点にのぼりつめたところです。ここから残りの文字数でぎゅぅいいん、と急降下してほしかった、というのは身の程をわきまえない贅沢者の意見でしょうか。おもしろかったです。

#31
さらさらの髪
作者: 雨夜
文字数: 897

霧雨の降っているある日、腰まで伸ばした黒髪を風になびかせて歩く女性をみた「ぼく」。彼女は幽霊でぼくにしかみえない、と思い込んでる「ぼく」を通行人は少しおかしい人だとみている。そんな視線に気づいた「ぼく」が(おかしいのは周りだ。なんて怖いことなんだ)と後日語る、という話。

<腰まであるサラサラの黒髪の女性が雨なのに傘もささずに歩いている>という情景はいいなあ、と思いました。物語は、この黒髪の彼女の話と思いきや、「ノイローゼの主人公をめぐる世間の反応」へと映っていくのが個人的には「え?」と少し戸惑いました。作者はおそらく、自分がズレていることを認めずに「怖いのは世間」とあくまで認めない、そのことが「怖い」ということをテーマにおいている気がします。謙虚さを失うことはたしかに怖いことだと思いますが、このままでは主人公に救いがないなあ、と寂しくなりました。

#12
悪戯好きな彼女
作者: HYPER
文字数: 745

小説を読んでいた男が本のあいだに恋人からのラブレターをみつける。読んでみると5年前に書かれた手紙で、「いつまでもあなたの言葉は私の宝物」というようなことが書いてあった。が、その5年前の恋文を見つけた日の朝、同じ相手から「他に好きな男がいる」という別れの手紙も受け取っていた、という話。

恋してる、愛してる、と言っている時の二人には「恋」も「愛」もなかったんだろうなあ、と思いました。別れの手紙を受け取った男がこれからどうするのかにこの男の五年前の「ずっと恋してる」という誓いが試されるのでしょう。おそらくこの“恋愛病”の女はこれから一度、主人公の元に戻ってくると私はにらんでいるのですが、そのとき男はどうするでしょうか。この男が5年間で変わった点がもう少し読めればよかったと思います。あるいはこの男もちっとも変わっていないかも知れません。


#11
短編59期参加作家へのオマージュ
作者: ロチェスター
文字数: 1000

短編59期の作品を何度も読み返していたら、そのキーワードだけで話をつくりたくなったので書いてみました。ジグゾーパズルで遊ぶのが昔から好きでした。楽しかったです。

#21
「人がゴミのようだ」と彼の人は云いました。
作者: 天音
文字数: 756

志望した近所の大学に通えなかった「私」は、むしろ電車で通う大学に入ったことで、早朝ラッシュのサラリーマンの現実を知ることとなる。「兵隊蟻のようだ」と思いながら今はただ大学の講義に備えて「人間として」仮眠をとる主人公の話。

「しばらくは人であり続けるつもりの私は、いずれは自分もそうなるという事への思いもさして抱かず」という一文が印象に残ります。作者自身が「県庁」のサラリーマンであるか、あるいはそのサラリーマンに本当はなりたかった思いの裏返しなのか、と裏読みせずにいられない強い一文です。私自身は自分が今何をしているのかを気づいていて、何が欲しいのかをわかっていれば、サラリーマンでもニートでも水商売でもアパート経営者でも貴賤の区別をつけるべきではないと考えています。同様に大学の偏差値が高い低いより、どの先生がいるか、ということの方が大事だと思ってます。

全体として主人公が自分の進んだ道(大学)をなんとか肯定しようとしている点に好感がもてました。小説はそうでなくちゃいけないと思います。




第60期感想その3(作品9・10・3・17)

こんにちは。60期の感想その3を書きました。

#9
カニャークマリの夜
作者: 公文力
文字数: 1000

(基本的に続きものであっても、千字小説として独立した作品としていることを前提に読んでみます)
「僕」は恋人のハル子の足をマッサージをしながら、いい気持ちになったハル子の話をきいている。ハル子には「僕」公認のもう一人の恋人・榊原という男がいて、彼らがインドでどのように出会ったのかを聞いているうちにマッサージは終わり、「つづき」を楽しみにしている「僕」にハル子がキスをする、という話。

おもしろかったです! 「僕」がソファで女の足裏の角質を「そぎおとし」ながら、女のつくったカレーの具が奥歯に挟まっているのを気にするところだとか、そのハル子が冗談でかかと落としの真似をする箇所……そんな秀逸な場面描写のあと、不意にハル子のインド旅行回想になっていくところが、とっても自然で、いつのまにか読んでいて、部屋からインドが見えてきました。さりげなく「天井桟敷」の(たぶん冒頭?)のシェークスピアが大好きな役者のセリフ(?)が引用されたりして、ますます作品に深みを感じました。そうして、インド回想から再び、「僕」と「ハル子」の部屋に話はもどって、きれいになった自分の足を満足げに眺めて「僕」にキスをして終わるラストは短編のなかでも美しい終わり方のひとつだと思います。それから「平然と二股を認める僕」だけだったらなんとなく設定にムリを感じるのですが、ここに「女の足を丁寧に手入れしている」という条件が加わっているので、このハル子の二股がむしろふさわしいというか、まさにハル子がイキイキとしてきます。
今期全作品まだ読んでませんが、今のところ一番好きな作品だとおもいました。


#10
図書室の思い出
作者: TM
文字数: 997

養護施設に入った老人の「僕」がいつもみる幻想を語る。それは彼が居酒屋で旧友と再会して歓談するのだが、その旧友は中学校の図書室から飛び降りて死んでしまった男で、もしも「僕」がしっかりと手を握っていれば助かったかもしれない、という旧友の語りを聞いていて「僕」は毎回彼のことを思い出させられるという話。

前半の「僕」と「あいつ」が居酒屋で語る場面は何を話したって後半のオチとは無関係なのだと思うのですが、ここで二人して「批評で注文をつける神様気取りのやつはバカだ」という点で一致しているのをみると、実は作者はこれだけを書きたかったんじゃないか、と思えてきます。神様気取りにならないように気をつけようと反省しました。でも、批評を批判する登場人物が「世界をつくったのは俺様だ」と言っているので、「なんだそうくるのかよ」とも思いました。


#3
ジンジャエール
作者: otokichisupairaru
文字数: 1000

父親は母と離婚して隣町でベトナム屋台を営んでいるが、息子である小学生のちぃちゃんは一度もその父親に会ったことがない。ある日、彼が「私」を連れて父親の店へ行ってジンジャエールを飲み、父親の女からサラダを作ってもらうがサラダには髪の毛が入っていて、殺気を感じるという話。

前半がとっても可愛らしいと思いました。父親に会いにいく「ちぃちゃん」はもちろん、彼についていこうとする「私」はなんて健気なんでしょうか。後半の、会いに行った先の屋台で父親がつくってくれたジンジャエールはおいしそうなのに、女のつくったサラダに髪の毛が入っている、というのは「ありえる」展開だと思いますが、そんな女はあまり魅力がないなあ、と思いました。それに、そもそも一度も顔をあわせなかった父親というのも、ひどい男だと思います。でも、そんなひどくても、やっぱり子供にとっては自分の父親なんでしょう。哀しい話ですね。



#17
海を見ていた(1000文字版)
作者: わたなべ かおる
文字数: 1000

早熟な10歳の少年は部屋の写真立ての中に海をみる。それは大地を包んでいる大きな水溜まりのようで、少年のための海であった。海面と空が見事に溶け合っている景色を眺める一方で、浜辺には誰かが少年を待っていた。そんな折、唐突に母親から声をかけられて、途端に現実に戻ってくる。母親には少年がみているような海が理解できないことを少年は知りすぎていて、「子供らしく」振舞おうとする。すると、さっきまで見えていた少年の海は遠のいていって、いつしか或る枠にはまった「みんなの海」しか見えなくなった。少年は子供らしい振りをして母の手伝いをするけれども、もう見えなくなってしまった浜辺で、自分を待っている誰かにいつか会いに行こうと決意する。

感動しました。小さいときに読んだ「メアリーポピンズ」を思い出しました。


第60期感想その4(作品26・24・20・25・27)

こんにちは。60期感想その4です。

#26
ビルの狭間でかえる童心
作者: bear's Son
文字数: 1000

子供のころ仲の良かった石原・山井・野田は今でも付き合いがあって、そのうちの石原と山井は会社を共同で経営している。ある日、二人が会社の命運のかかった取引を他社で重役になっている野田に頼むけれども、 “友情”だけではどうにもできない事情から断られる。それを聞いて怒った石原が野田の手を噛む。石原は子供のころから友人の手を噛むことがあった、という話。

“友情”をたてに都合のよい取引を迫られ、断る辛さも察してもらえずに手まで噛まれてしまった<野田>は大変だったろうなあ、と思いました。もしここで野田が取引に応じた結果、野田まで会社をクビにされることになったら山井と石原はどうするつもりだったんでしょう。「俺たち仲間だから、三人いっしょに地獄をみようぜ!」というノリになるのでしょうか。
「その時の歯形は今も野田の手に残っている。」という一文が印象に残りました。この話はいっけん石原が主人公のようにみせていて、実は野田の話なんだと勝手に誤読しました。そうするとすごくおもしろくなります。

#24
女たちと古い本
作者: 宇加谷 研一郎
文字数: 1000

本を読んでいる男の部屋に二人の女が遊びに来る。女たちは空腹で男は手料理でもてなし、宴会となるものの、男はまもなく潰れてしまう。女の足が好きだということを知っている女たちが男の顔を踏みつけながら呑んでいるあいだ、男は夢をみて自分がいつか猿になってその日来ていた女の一人を愛するようになるだろう、と雲の上で予言されるという話。

今期の作品9「カニャークマリの夜」(公文力)にも「女の足」が重要なポイントになっていますが、かかとの固くなったところを入念に削ぎ落としたり、かかとおとしの真似の描写など、細かいところまで行き届いている「カニャークマリ」に比べれば、この作品は「足」をうまく活かせていないように思われました。「女の脚(足)は地球とダンスをするコンパス」というのが座右の銘である私にはその点ばかり気になりました。


#20
天使の絵が描かれたカード
作者: 佐々原 日日気
文字数: 998

植物人間となった女性の枕元にいる恋人(?)が彼女から「もしも」のときために手渡されていた「ドナーカード」を遺族に提示すべきかどうか迷っている。結局、彼女の遺志を尊重したが、空っぽの病室でその選択が間違っていたような気がしてカードを引き裂いた。が、そこに「ありがとう」と彼女の声がきこえた、という話。

今のところ私の周りには「延命治療」の状況にいる人がいないので、すんなり読んでますが、もしもこの状況の渦中にいたら、この話を最後まで読むことができないように思います。結局、物語では彼女の遺志を尊重して臓器提供をして、その選択が正しかったのか迷っている主人公に「ありがとう」と幽霊の(?)彼女が言っていますが、実際にこんな経験をした人にとっては慰めどころか、怒りに変わるような気がします。「よほど自身が取材しているか、あるいは自分の痛みから出発していないかぎり、こういうテーマの物語を気軽に書いていいのか」と考えるいいきっかけになりました。主人公の男の迷い方はうまいと思います。


#25
旅、馬、東、そして西
作者: かんもり
文字数: 901

「北に行けば、忘却。南に行けば、楽園。西に行けば、開拓。世界はそういうふうにできている。」と決められた世界の中で旅をしている主人公が西(開拓の地)から東にむかっている馬と会話をする話。

冒頭の「北に行けば、忘却。南に行けば……」というのがよくわからなかったので、残念です。でも「南に行けば楽園」と決まっていたら楽だなあ、と思います。それとも「楽園」という名の地獄だったりするんでしょうか。あるいは忘却って「死ぬ」ってことでしょうか。それに「開拓」することと「楽園」はつながらないんでしょうか。いろいろと最初の一文に考えさせられました。


#27
575
作者: 三浦
文字数: 992

(普通に読むと意味がわからないのであえてまったくの誤読にしました。自分がどういう解釈をしたか書いています↓)

妻を捨てて旅に出て、さまよっていたS・E・ザビエル(略するとSEX)は漂着した島で出会った三人組の女を前に、彼女たちが深呼吸しながら自分の股間を凝視しているのを感じ、おもわず自分の「おたまじゃくし」(比喩?)を彼女たちに発射してしまう。すると女たち三人はそれぞれ股間から液体をたっぷり溢れ出させてザビエルとの快楽を受け入れるものの、そのあばら屋から、彼女たちの子供がぞろぞろでてくる。聞いてみれば女は三人とも旦那に逃げられて、働き手がいないとのこと。そんな“生活苦の告白“を聞いて崖っぷちにいる気がしてきたザビエルは、自分の故郷に残した妻とのことをチラッと思い出す。

三人の女をとるか、妻の元へもどるかを右手と左手のじゃんけんで決めようか、とフラフラしながらもとりあえずは、妻から日々たっぷりと金を貢いでもらっているザビエルは日本海側の歓楽街で遊ぼうと思い、ネオン街の音楽(ラデッキー行進曲)のところへ行こうとする。そこには(生活感のない)鳥のような美女がいると睨んだのだ。だが、それを聞いた三人の女とその子供たちの反応は、豚のように不満げであった。女たちをふりきってザビエルが家を出ると、後ろから「猫をかぶってかたつむりのようにしていたけど、逃げられちゃったわ」と女たちが恨めしげに嘆いている。それでも街へ出たザビエルは、生活感を感じさせないクールな風俗嬢と出会うものの、クールでありつづけるためには距離感が大事なことを痛いほど知っている二人は当然のごとく一晩遊んで別れる。

「あの拾った男は冷たいけどよかった、よかったけど冷たかった」とブツブツ言いながら包丁を持った三人組の女と再び出くわすものの、妻から貰っていた金を三人の女たちに投げ出すと、とたんに背後から彼女らの子供や養ってる老人までやってきて、金の奪いとりをはじめる。ザビエルはようやく逃げられると必死に走っていくのだが「金をくれてありがとう!」と背後で追ってきてる女たちからむしろ感謝をされて戸惑う。帰宅すると妻には幾人もの求婚者がいたけれども、両刀使いのザビエルが次から次へと彼らの相手をしてやり、最後には妻と一枚の布団で眠ると「ニコール・キッドマンも夫婦はセックスが大事ってさっきCNNのインタビューに答えていたわ」と恍惚の表情でこたえて、二人とも翌日は仲良く朝寝坊した、という話。

↑おそらく作者が書きたかったことは私の解釈とは全然違うところにあると思いますが、この作品が誤読を許してくれるだけの奥深さと懐の広さを持っているということは確かだと思います。なにもわけのわからないことが書いてあればどんな作品でも誤読が可能、というわけにはいかなくて、「意味がわからないけどこの文体のリズムと使われている語彙のセンスの良さだったらついていきたい!」と思わせてくれないと、普通は読もうと思いませんが、この作品はタイトルの「575」というところに込められているであろう狙いからして面白く、ザビエルの名前がS・Eであるところやその他もろもろから前期の「短編」が内包されていることも感じられるし、読めば読むほど深みへはまっていきます。こんな作品を書いてくれてありがとうございました。

第60期感想その5(9作品)

こんにちは。第60期感想その5(作品28・2・8・1・14・16・23・29・30)を書きました。

#28
ごっつぁんです
作者: バターウルフ
文字数: 800

初デートに意気込んでいる男が「あとはキスだ」というときに、ベンチに横綱が座っている。戸惑いを隠せなく、おどおどしている男にむしろ女の方からキスをする。そのキス・シーンを目撃して仰向けに倒れた横綱を二人が起こしてやって、キスの続きをはじめる二人の話。

横綱はただ日向ぼっこをしていただけかもしれないので、ちょっと可哀想だな、と思いました。キスできてよかったね! と思いました。


#2
大きな三角定規
作者: 藤舟
文字数: 1000

座敷牢で三角定規をみつけた「私」はとがってるところをガリガリ削りはじめるうちに、人間の皮膚を丁寧に剥げば三角になる、という話を聞いたことを思い出す。頭の中で仮想の人間を剥ぐ妄想にふけりながら牢の壁を削り、ついに脱出したと思いきや、そこは断崖絶壁で、「私」は墜落して死んでしまった、という話。

話しているはずの「私」が自分を「死んだのでした」と言いきっているのは「可笑しい」ともとれるし、読み方によっては「こわい」です。くだらなくて疲弊する質問なんてきかないでください、なぜかと問うようなやつはまぬけです、と聴き手に注文をつけながら延々と自分の空想話をつづける主人公の抱えるむなしさというのはわからなくもないです。みんな寂しいなあと思いました。

#8
ピアスの青年
作者: 八海宵一
文字数: 1000

クラスになじめない転校生の男と同級生の女が偶然に町で出会う。女は男が「陸上部向きの脚をしていて、陸上部の部長も勧誘したがってた」とのことを伝えるけれど、翌朝学校にきてみると二人を冷やかす噂がでまわっていて、その張本人が男を勧誘したがってた陸上部の部長であったことを知って、転校生は黙りこむ話。

この話を読んでいると中学校や高校というのは地獄みたいな場所であったなあ、と思いました。たまに「短編」に現役(というのも変ですが)の中高生作家をみつけると大変だな、と思います。というのも、この話のようにちょっと女の子と話せば冷やかされたり、クラスメートなんて勝手に組み合わせをつくられて一年過さなければならなかったり、とにかくいやでも周りとの調和を求められるからです。この早熟なアルバイト青年が学校に馴染めないのも当然だと思いました。



#1
四十五円
作者: アサギ
文字数: 853

高校合格のために友人と神社へ参りに行った「僕」は友人に5円玉をかす。が、その帰り道に友人は事故で死んでしまった。その後、めでたく高校生になった「僕」が友人の命日に高校で知り合った「アキ」と一緒にお参りにいく話。

アキというのが男だと、また別の話になってきそうだな、と思いました。


#14
擬装☆少女 千字一時物語14
作者: 黒田皐月
文字数: 1000

(おそらくゲイ・バーが舞台なんでしょうか?)古馴染みの「奴」に気がある「俺」は最近「奴」に群がる「虫」が多くなったことが気になっていて、「奴」を「俺」のもとへ奪回するべく「清楚な膝下丈ワンピース」や「化粧」をして「奴」の偶像になるべく努力する話。

「適度に締まった中背の身体、流れる水のような立ち居振る舞い、淡白だが静かに寄り添うような接し方」……つまり「奴」は知的で洗練されているというわけなんですが、そんな「奴」が男のワンピース姿に惚れることはあるんだろうか? というのが素直な疑問です……いや、多分、この物語の「俺」の女装のイメージがどうも「オッサン」に思えてならないからかもしれない。美男子の女装とオッサンの女装では話がちがってくるように思いました。「人間は姿格好ではない」と思いたいですが、オッサンの女装姿は見苦しいものがあります、どうしてでしょうか。

#16
少年たちは薔薇と百合を求めて
作者: qbc
文字数: 1000

ある変わった特殊学級に転校生がやってくる。美女だった。三人組の男子が彼女の気を惹こうとするが、いつまでたっても美女は男たちの名前を覚えてくれない。悪い男に乱暴されて記憶を奪われてるにちがいない、と推理した三人組のリーダーが仲間をひきつれて美女の家を訪れるが、美女は実は六つ子で、交代で学校に来ていたからだった、という話。

<腹の脂肪を振動させ、蓄積された力を前方へ放つ>という必殺技がおもしろかったです。でもその必殺技で倒された男は結局「悪の乱暴者」でもなんでもなかったはずなので、かわいそうです。

#23
保険金詐欺とばれて親指も保険金も失った春に
作者: 咼
文字数: 1000

保険金詐欺がばれて無一文となった主人公は裏庭のウサギを売って金を稼ごうと駅前に向うけれども「誰に断わって商売しとんネや」とヤクザにすごまれて列車へ逃げる。意外にウサギが車内で売れ、気が休まった主人公がそのまま列車で寝続けるという話。

「誰に断わって商売しとんネや」という一文が印象に残りました。それを「質問ではなく、単なる鳴き声なのだ」と書いている視点がおかしかったです。うさぎって実は人間のことなんじゃないか、と思うとゾクっとします。


#29
藻屑
作者: もぐら
文字数: 1000

気づいたら正方形の部屋にいた主人公は唯一の窓にちかづいてカーテンをめくる。すると窓の外にいろんな魚がいて、まるで窓を破ろうとしているかのように「こつこつごつごつ」と叩いていて、おまけに魚たちは主人公をみている。驚いて一歩下がってみると、カーテンと思っていたのはワカメで、男はどうやら自分が深海の底にいるのに気がつき、おもわず手元のワカメをむしゃむしゃ食べる話。

おもしろかったです。夢をみているように小説を読みました。でもその夢は自分の夢ではなくて作者のつくった夢なので、これは見事にやられたな、と思いました。もうすぐ窓が割れて、魚たちが飛びかかってくるかもしれないそのときに、手元のワカメを食べてしまう主人公の動きはリアルですね。


#30
彼方
作者: 壱倉柊
文字数: 998

上司を殴って地元へ異動になった主人公が祖母に家を訪ねる。祖母は金魚を飼っていて、その長生きの金魚をみていると、子供のころにカメやオタマジャクシなどを飼ったもののうまく育てられなかったことが思い出され、「自分が殺した」と半ば自分を責める。まもなくその祖母が亡くなって、それも自分のせいだろうか、あれから自分は生き物に優しくなれただろうか、と物思いにふける話。

子供は誰でも虫を殺すものなので、それが「自分が殺した」「殺した」「殺した」と思い悩んでいる主人公には話し相手が必要なのかもしれない、と思いました。もし恋人でも親友でも行きずりの誰かとでも、このことについてじっくりと話を聞いてもらったら、おそらく主人公はもう少し健康的な人になるんではないかと思いました。あるいは彼のような人にこそ物語が有効なのかもしれない。

第60期感想ラスト(5作品)

こんにちは。第60期感想その6(作品5・18・19・13・22)を書きました。これで全感想となりました。駄文に付きあってくださった方にお礼を申し上げます。今期もおもしろかったです。余談ですが「匿名」さんの感想がおもしろかったです。私の作品についての指摘がズバリそのものだったので驚きました。「短編」にはおそるべき読み手がたくさんいるんですね。


#5
蜜柑
作者: 森 綾乃
文字数: 995

孤独な主人公が八月のおわりを家路に向かいながら、突然に蜜柑がほしくなる。それでどんな蜜柑が食べたいのかと自問していると、それは冬の無愛想なのではなくて、ハウス栽培されたこじんまりとした蜜柑が食べたいと思う。スーパーに入ってみると、ハウス蜜柑は980円で予算を超えており、それに思っていたほど清潔ではなかったので結局、「自分にはこれくらいがふさわしい」と105円の中国産ミカンの缶詰を手に取って帰宅する。が、いざ缶きりで開けてみれば、そのトロりとしたシロップの甘さは思っていたよりも透明に感じられた、という話。

おもしろかったです。自分の何かを肯定するために、別のなにかを軽蔑する――この主人公は優しさ、ぬくもりの象徴であるハウス蜜柑を守るために、中国産を嫌ったり清潔でなければそのハウス蜜柑でさえ拒否します。私は正直にいえばこういう思考パターンがあまり好きではありません。でもこの主人公が30代以降ならともかく20代前半だと考えると(前作もそうですが)話はかわってきて、子供が自分の意見をしっかりもった大人になるためには自分の好きなものと嫌いなものを明確に線をひいてわけることが必要なのではないか、と思えてきます。
そういう意味では、おそらくアルバイト帰りを連想させる一人暮らしの主人公がふらっと寄ったスーパーで「中国産よりハウス栽培!」と自分で考えて、でもそれじゃあ予算が足りなくて、「自分には105円がふさわしい」と無理やり納得させて、でもその結果のミカンの缶詰が思ってたより透明でおいしかった、という流れを追っていると、主人公の在り方が他人事ではなくなってきます。

余談ですが、この主人公はどんな音楽や本や絵や写真を好むのでしょうか? 私はまだ主人公は自分の好きなものがわからない状況にいるような気がしています。この主人公が今後ミステリアスな人と出会い、触発されてどんどん変貌していく過程を読みたい、と思いました。


#18
公園の
作者: Setsu
文字数: 879

公園のブランコで泣いていた幼なじみの女の子をみつけた「彼」は女の子の側に座り「俺はお前を泣かすようなくだらないやつのことなんか聞きたくないよ。さあ、帰るぞ」と女の子の手をひっぱって二人仲良く帰る、という話。

決め台詞連発なのが印象に残りました。「俺でよければいつでも用心棒になってやるから、呼んでくれよな」というのはストレートな表現、というより剛速球ですね。爽快です。コーラをひと息で飲みほしたような気分になりました。

#19
T・B
作者: fengshuang
文字数: 822

新婚の二人が荷物を整理していると夫の荷物から古いぬいぐるみがでてくる。妻に怪訝に思われないよう、夫はあわててそのぬいぐるみの由来を話しはじめる。祖父が誕生祝にアンティークショップで買ったぬいぐるみは相当な年代物で、魔女の持ち物だったといわれても疑わないくらいに年季のはいったもので、かわいがっていた犬はそのぬいぐるみをまるで生き物のように扱った、夫は妻との間に子供ができたら自分は新しいぬいぐるみをプレゼントして、いつの日か、古いぬいぐるみの隣にその新しいぬいぐるみを飾りたいがどう思うか、ときく話。

不思議な読後感でした。うまく感想がうかびませんが、上品なお菓子を食べたような気分ですが、一方で上品であるがゆえの「封建制」が残っているようにも感じました。「祖父から伝わって大事なぬいぐるみで、子供には別なのを与えるけど、いつかはその隣でこの二つを並べたいんだ!」と急に夫から言われた妻は「いやです」とは絶対に言えないような気がします。



#13
続 こわい話
作者: 長月夕子
文字数: 992

おそらく出会ったばかりの男女がバーでお互いにトイレにまつわるこわい話をしている。男が語ったトイレの話とは、アパートの共同便所を男が使っていた頃、隣の住人と廊下では一度もすれ違わないのにトイレではよく出会った。住人も男もノックをする習慣がなかったので、お互いが用をたしている姿を目撃しあう、あるいは目撃されることとなったが実にこわい体験だ、という語りを終えたあと、男は女の近所に住んでいて、男の部屋からは女の部屋がよく見えることを告白する。

最初読んだときは最後の一文が決定的に怖かったです。男が本当にしたかったコワイ話というのは自分が女のストーカーで、ずっと部屋からその生活をノゾいていたよ! という告白だったのかと思うとゾッとしました。でもちょっと時間をおいて読むと、この後、この二人は結構いい感じになるんではないか、と思います。男のノゾき告白は彼なりのノゾキをやめるための前向きな手段であったのかもしれない。もともと初対面の男にトイレの話をする女性はある意味では男に対する警戒心を緩めているような気もします。もちろん唐突に「君の部屋を実はノゾいてたんだ」と言われた女はひいてしまうかもしれませんが、それでもこの二人はうまくいくような気がしました。ストーカーやノゾキは今でこそ変態ですが、その昔はそれは愛の告白の一歩手前の、歪んだ情熱の一種であって、そうしたストーカーが勇気をだして声をかけた物語して、これは秀逸な一編です。


#22
The perfect world
作者: 灰人
文字数: 992

インドを思わせる国にいる主人公はたくさんの犬の死骸と、その死骸を喰らう犬の姿をみる。あるとき、犬の牙をみつけて、それを自分の口に押し当てた主人公は犬のように食べてやろうか、と犬の死体を噛んでみたりする話。

詩として読むべきなのだと思いますが、描写がリアルなので実際の世界が舞台の物語として読みました。そうすると犬を食べようとしたり、内臓をかきまわして「これが死なのだ、私の肉であり私の犬なのだ」と思う主人公はどういう人間なんだろうか、どういう状況で人間はこのようになるのだろうか、と思わずにいられませんでした。もし主人公が日本人でインド旅行中の出来事だとしたら、きっと彼は金持ちの息子なんだろうな、と思いました。もちろん、詩として言葉の響きで読むべきだとは思いますが……。





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