仮掲示板

第200期を読む その9

つづきまして、#14です。(残り2つ、書き切れるだろうか…)



#14 君の記憶を見せて 塩むすび
http://tanpen.jp/200/14.html

   ある晩、私は目覚めた。夢の中でさえ祖母の顔を思い出せなくなってしまっていた。私は祖母が可愛がっていた犬の首輪と出かけることにした。

   かつての散歩ルートを祖母の墓に向かって歩く。

   私は首輪を墓に供えた。

 この小説は、「私」を視点人物とした一人称小説です。どういうわけか「晩」に「目覚めた」「私」が、「祖母が可愛がっていた犬」がしていた「首輪」を持って、「祖母の墓」を参る、という出だしです。この「晩」は「なんだか生ぬるい夜」で、「満月」が出ているものの「靄のような雲が絡みついていて薄暗」いようです。「私」が「祖母の墓」に「出かけ」た理由は、おそらく、「目覚め」る前まで見ていた「夢の中」でさえ「祖母の顔を思い出せなくなってしまっていた」からでしょう。「首輪」だけ持っていくのは、「犬」がすでに「死ん」でいるためです。

   いうことを聞かない犬と力任せにリードを引く私が思い出された。顔を変形させながら抵抗する犬、その脇腹を蹴り上げる私、悲愴な鳴き声。あれから犬は私が手を伸ばすと怯えるようになった。

 2段落目では、「私」と「犬」の関係が語られます。「犬」は、「私」に「散歩」してもらっても「いうことを聞かな」かったようですが、3段落目に書いてある「もともと犬は祖母の持ち物だった」ということと、「犬」よりも「祖母」の方が早くに死んだこととを併せて考えれば、元々は「祖母」が「犬」の「散歩」をしていたので、「祖母」ではない「私」の「いうことを聞かな」かった、と推測できます。「祖母」が存命の頃に「犬」が「私」に懐いていたのかどうかはわかりませんが、「脇腹を蹴り上げ」たことで「私が手を伸ばすと怯えるようにな」るほど関係は悪化していたようですし、16段落目に「手を上げ」るという記述があることから、その関係のまま「犬」は死んでいったのでしょう。

   祖父を喪った祖母の空洞を癒すために譲ってもらった犬だった。それから祖母は明るさを取り戻していったはずだが、もう思い出せない。遺影の中の切り取られた笑顔からはうめき声しか聞こえない。祖母は苦しんで死んだ。

 「私」は「顔」だけではなく、「犬」を「譲ってもら」い「明るさを取り戻していったはず」の「祖母」のことも「もう思い出せな」くなっているようです。しかしこれは、「うめき声」を上げるほど「苦しんで死んだ」「祖母」の姿に上書きされていると考えられそうです。

   私は首輪を墓に供えた。思い出せないならもう忘れるしかない。
   そのときだった。星屑が墓と首輪に降り注ぎ、そこから女の子が生えてきたのだ。
   ははーん、さては犬が化けて出たのだな。

 「思い出せないならもう忘れるしかない」というのは、「祖母」のことを「思い出」そうとするのをやめ、積極的に「忘れ」ようということでしょうから、「思い出」そうとしても「思い出せない」ことが、「私」にはおそらく苦しいことなのでしょう。その後、「星屑」が「降り注」いだと続くのですが、「星屑」についての記述はこれだけなので、隕石の欠片ではなく、"星屑かと思うような光る何か"だと考えてもいいでしょう。その"何か"が「降り注」いだ結果、「そこから女の子が生えてきた」と「私」は語るのですが、この「そこから」というのが、どこからを指しているのかがよくわかりません。答えは、以下の引用から探れそうです。

   背後で物音がした。振り返ると少女は消えていた。首輪が地面に落ちていた。

 「私」にしろ「女の子」にしろ「首輪」を持ったというような記述は見当たりませんし、「首輪」が動いたという記述もありません。また、「私」は「女の子」の姿を見て、すぐに「さては犬が化けて出たのだな」と考えています。以上のことから、「女の子」(上の引用の「少女」と同一人物です)が「首輪」を身につけていた、もっと言えば「首輪」を首につけるような形で「女の子が生えてきた」、と考えられそうです。ということは、「女の子が生えてきた」「そこから」というのは、「首輪」が「供え」られていた場所、と推測できます。

   あれから犬は私が手を伸ばすと怯えるようになった。

   私は思い切って手を上げたが、少女は無反応だった。

 「少女」のことを「祖母」の「犬が化け」たものだと考えている「私」は、 「お手!」 「おすわり」 「ハウス!」と「少女」を犬扱いし、やがて「思い切って」「手を上げ」て探りを入れますが、「少女」は反応しません。それもそのはず、「少女」は「祖母」の「犬が化け」たものではなかったからです。

   ふと私たちの目の前を祖母と犬がゆっくりと通り過ぎていった。

 この「私たち」は、「私」と「少女」のことです。では「少女」は一体、何ものなのか、というのを、以下の引用から探ってみましょう。

   「キャッチボールでもするか」
   「フリスビーじゃなくて?」
   「前にもこんなやり取りがあったような」
    少女は思い出すようにして続けた。
   「確か、フリスビー投げるやつがすっごいヘタクソでさ。結局球に変えたんだよ」
   「そうなんだ」
   「とりあえずおやつくれよ」
   「どんなの貰ってたの?」
   「ジャーキー。少し歩いたらちょっとだけくれるの。ズルいよな」

 「祖母」の「犬」ではなかったにせよ、「少女」は犬ではあったのだと推測できます。「前にもこんなやり取りがあったような」と「少女」の記憶は曖昧なようですが、「祖母」に関する出来事を「思い出せない」「私」と、記憶という点では似た者同士だと言えます。「私」は、「少女」が「祖母」の「犬」ではなかったとわかって、どう感じたのでしょうか。「私」の心情の記述がないため、はっきりしませんが、犬扱いする横柄な態度から一転して「少女」の発言に頷いたり質問で返したりと、遠慮がちな態度に変わったことはわかります。

   ふと私たちの目の前を祖母と犬がゆっくりと通り過ぎていった。祖母は穏やかな顔で犬を見つめ、犬は祖母を窺いながらトコトコと歩いていた。信頼し合っているようだった。祖母と犬はやがて四つ辻を曲がってどこかに消えた。

 「うめき声」を上げるほど「苦しんで死んだ」「祖母」の姿しか「思い出せな」かった「私」は、「祖母」の「穏やかな顔」を目にします。そして、自分とは「手を伸ばすと怯えるようになった」関係だった「犬」が、「祖母」と「信頼し合っているよう」な様子を目にします。「思い出」の中では「苦し」み「怯え」ていた「祖母と犬」が幸福な様子でいるのを目にした「私」は、「祖母」に声をかけるわけでも、追いかけるわけでもなく、見送ります。それは、呆気に取られていた、というよりも、必要だと感じなかったからでしょう。「思い出」が幸福な形で上書きされたことで、満足したのかもしれません。

   背後で物音がした。振り返ると少女は消えていた。首輪が地面に落ちていた。靄はいつしか晴れていて、月は輪郭を丸く光らせながら世界を青く明るく照らしていた。

 「私」の「背後で」した「物音」というのは、おそらく「首輪が地面に落ち」た時のものでしょう。「少女」が「消え」た理由は定かではありませんが、「私」に気にしている様子はありません。「私」が、それまで意識していなかった空に注意を向けると、「満月」に「絡みつい」ていた「靄のような雲」が「晴れて」おり、「満月」が「輪郭を丸く光らせながら世界を青く明るく照らしてい」ることに気がつきます。「月は輪郭を丸く光らせながら」「明るく照」っていた、と言えば、単純に光が強く出ていることを言うことになりますが、「世界」を「明るく照らしてい」る、となると、「私」の内面の「世界」が「明るく照ら」された、と解釈できるでしょう。



(#15へ、つづく…かな…?)

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