第99期 #15

東京物語

 音もなく大型トラックは去っていった。また止まってくれませんでしたねェ。結衣が呟いている間、あんな大きいのが静かに走っているというのはどうにも、なァ、と陸は思っていた。そんなにくよくよしないでください。すると妻が見当違いのことを言った。陸はしかし、ああ、とだけ返しておいた。
 下呂温泉の帰りだという若い女性二人の車で名古屋に着いたのはバスの時間ぎりぎりのことだった。女性たちとのお喋りに愛想良く付き合っていた結衣は、発車して五分も経たないうちに寝入ってしまった。反対に女性たちの車でうとうとしていた陸は目が冴えて、妻の寝顔越しに真夜中の通りを眺めながら眠気が訪れるのを待った。
 終点の狛江で降り、そこからは電車移動となった。四駅も行くと建物の数は目立って減っていき、二人の目線の先では、ぽつりぽつりと、天を支える柱のような高層ビル群が朝陽を背に黒く染まっていた。
 新宿駅で紀子と合流した。彼女が経営するホテルにチェックインし、そこで朝食をとった。食休みを挿んでリムジンで移動、大正時代の銀座の一部を再現した一画をぶらつき、その後紀子がオーナーとなっている料亭で遅めの昼食を済ませると、その場で彼女と別れることになった。結衣が尋ねるより先に、近々再婚する予定があるのだと嬉しそうに話して仕事に戻っていった。
 リムジンでホテルに送ってもらい、二人してベッドに横になった。お腹の調子が悪かった。夕食は諦めなければならなかった。
 翌朝、気遣って電話をくれた紀子に昨夜のことを詫び、まだ本調子ではなかったが少しだけ胃に食べものを入れ、紀子に頼んでおいた一般のタクシーで出掛けた。
 遠回りになりますよ、と言われたが、長男、長女、次男の順番で子供たちの自宅があった場所を回ってもらった。そこは、大きな道路であったり、ビルの敷地であったり、公園であったりした。三〇年前の焼け野原が二人の視界で二重写しになるのは、空の広さがほとんど変わっていないからだった。
 紀子が都合がつかなくなったというので、ホテルで二人きりの夕食となった。もったいなかったが、食べる量は抑えておいた。チェックアウトし、電車で狛江に向かった。
 名古屋から大阪経由ではあったが、二日後の夕方には無事、自宅に帰って来られた。病院にお金を支払い次女を引き取ると、ようやく人心地が付いた。
 疲れましたねェ。
 ああ。
 紀子さん、元気そうでよかったですねェ。



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