第99期 #13

福袋

 気になる人が自分のよく知らないことを話したりしていると、妙に落ち着かないというかイライラしてしまう。
 僕が仕事をしているデスクの向こう、女達が楽しく話をしている。聞きたくなくても耳に入る。目はパソコンの画面を見つめている。師走だ。仕事が山程ある。だが頭の中は話し声でいっぱいになっている。一向に画面の情報が頭に入っていないことに気付く。
 同僚のA子が思い付いたような調子で言った。それがまた妙に僕の思考を引っ張った。
「また福袋買いに行かなくちゃ」
 後輩が答える。
「私まだ福袋買ったことないです」
 A子が答える。
「いいよ福袋。買うとおもしろいよ」
 福袋の話が広がっていく。ブランドやデパートの名前が出てくる。僕は福袋のことをよく知らない。買おうと思ったことがない。買ってみたことがない。
 別に男が買う物でもない。そう思い気持ちを切り替える。昨晩鞄に入れておいた「科学の耳栓」を取り出す。スポンジのようなそれをねじって耳に入れる。耳の中で耳栓は膨らみ外の音を締め出した。
 鼻で息を吸う音が聴こえる。A子達の声はだいぶ遠くになった。どこか外界と離縁したような気持ちになった。気分が良くなり目の前の仕事に集中する。

 時計の針が六時を指した。耳栓を外して一息ついた。
「お先に失礼します」という声がした。何人かが帰宅の準備をしていた。
「おつかれー」という声と共に、後ろからA子がカントリーマアムを一つ僕の机に置いていった。そして「お疲れ様でした」と言って部屋を出て行った。
 つい目で後ろ姿を追った。きょうはクリーム色のコートだった。鞄を肩から掛けて持ち手を右手で握っていた。歩く左手の指がピンと伸びていた。
 自分がどこか矮小に思え、手の中の耳栓を見つめた。A子を意識しないようにしていると自分が段々根暗になっていく。

 七時に仕事を終えて帰りの電車に乗った。中心街で電車を乗り継ぐ。師走の街はイルミネーションの光で溢れていた。カップルや家族連れの姿が目に映った。
 A子は家に帰ったのだろうか。後ろ姿を思い出す。ふと電飾をまとった人形の並ぶほうへ足を進める。
 ケータイを取り出す。一枚二枚と写真を撮る。うまく撮れたのを待ち受けにした。
 電飾をまとったかわいい二匹の熊のぬいぐるみがあった。ポケットからカントリーマアムを取り出すとゆっくりかじった。
 隣にA子の姿を想像した。二人で熊のぬいぐるみをのんびり眺めていた。



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