第98期全作品一覧

# 題名 作者 文字数
1 神様お願い! ナカザキノブユキ 590
2 ダークマター アース 1 322
3 ラナ玉井と和久和久 石川順一 974
4 『叙景の死』 ウィル&ヴィクトリア・ベッヒャー 三浦 1000
5 薔薇ノ里と薔薇ノ海 なゆら 990
6 チリ交ヤマ ねむ亭三 981
7 ムク 香椎むく 994
8 毛にまつわる物語 エム✝ありす 1000
9 『海魔の死んだ日』 石川楡井 1000
10 アカシック・レコードをめぐる物語 彼岸編 クマの子 1000
11 イヨヒメバチ 高橋 1000
12 手記「天使を食べた」 彼岸堂 1000
13 楽園の鳥 euReka 995
14 デカルトの城にて 志保龍彦 1000
15 賞金はつきものだ おひるねX 990

#1

神様お願い!

 あるところに、小さな神社がありました。

「神よ! おお神よ!! 我に奇跡を起こしたまえ!」

 何事じゃ、こんな時間に……。

「我は、これから人生最大の勝負に挑みます! 是非とも我に力をお貸しください」

 またおまえか! これで何度目だと思っとるんじゃ? まあ、よい。これも仕事なのだから仕方あるまい。で、今度はどんな用件じゃ?

「我は、これから同級生の前田さんに告白します! どう考えても、あの前田さんが我の告白を容易くOKするとは思えません。是非とも神の御加護を!」

 またそんなことか……。確か二、三日前は大島さんではなかったか? 何度失敗すればわかるんじゃ……。ワシがいくら手を貸しても、すべてはおまえの実力次第なんじゃよ。神なんて所詮そんなもんじゃろ。

「今度こそ! 今度こそが人生最後の勝負なのです!! 我に、なにとぞ勝利を与えたまえ!」

 おまえ、こないだも最後って言ってなかったか? しかも、そんな小銭の賽銭で人生最大の勝負って言われてもな……。うむ。仕方がない、これが本当に最後じゃぞ。

「おお神よ! 何か力がみなぎってまいりました!! これならうまくいきそうな気がします。よし! 今度こそやってやるぞ。前田さん! 待ってろよ」


 そして、数日後。


「神よ! おお神よ! 我に奇跡を起こしたまえ」

 またおまえか……。今度は何じゃ?

「我は、これから同級生の高橋さんに……」

 ふざけるな!


#2

ダークマター

 宇宙の入物 ダークマター ダークマター通信には時空は存在しなかった.よって銀河航海にはそれほど 時間を要しなかった.2200年ダークマター航海で 天の川銀河は今 まさに探検が始まろうとしていた.人類は自我意識を克服し 文明技術は急速に進歩を遂げようとしていた.                       目的は 人類の長い夢想である新天地「アース 2」を得ることだ.ダークマター宇宙船によって 探査はつずけられた.生命体反応は銀河系いたるところに 確認できるのか。            船長 銀河系探査は予定どうり3年で一周でしたか。      アンサー 月単位 10度間隔のセンサーデーターを 地球に送       ることになっている。


#3

ラナ玉井と和久和久

 ラナ玉井は家来を呼び付けた
 「これ、何ですかこの請求書の山は。私は無料だからやったんですよ。」
 「ラナ様これは全て架空請求書と言う物なのですが、実に精巧に出来ておりまして、だまされる方が悪いと言う結論だけは既に見えて居りますが、お払いになられるのでしょうか」
 「うーむ。それにこのスペックは何ですか。私の40年の苦闘をバカにして居るのですか。私はスーパーコンピューター4段の腕前なのですよ。4級に書き換えられとる」
 「うーむ。サイバーワールドは複雑なつながりを見せる物でして、その細かい所は原因不明としか」
 「バカ者、ただ一字の違いが書き換える側にして見れば細かい些事に過ぎなくてもわらわにとっては大きな違いなんだわ。おまえでは埒があかん。これ、あのわくわくを呼び寄せなさい」
 「あのーあの者は「わくわく」と呼ばれるのをひどく嫌っておりますが。「和久和久」と書いて「ワクカズヒサ」と読むのです」
 「えーい分かって居る。とにかくわくわくを呼ぶのです」
 「かしこまりました」
 家来が城内アナウンスを掛けると、和久和久は直ぐやって来た。
 「これ、そなたは確かロックバンドのヴォーカルをやっておったな」
 「はい、それがし、ロックバンド「ダマレ」のヴォーカルやって居りまして昨年度目出度くメジャーデビュー曲「黙って下さい」がミリオンセールスを記録しましたがセカンドシングル「黙らんかい」は10万枚程度のミディアムヒットに終わりまして少し失望して居りました」
 「そうであったか」
 「しかしながらこれからも精進して行く覚悟で御座います。それはそうと早速水島工業地帯での慰問ライブが決定して居りまして玉井様にもおこし頂ければ幸いかと存じますが」
 「うーむ。ちとスケジュールが・・・。それにしても天体観測にも凝って居るそうな、ニュープラネットが発見出来たとか」
 「はい、新星で御座います」
 「業界ベースボール大会にも出たとか」
 「はあ。あれはライバルレコード会社の専務が相手方のピッチャーをやって居りまして。失投のデッドボールを、うっぐふぉ」
 「ラッシャー歌前とプロレスで戦ったとか」
 「あれは企画物でして、まあインチキかと。インチキと言えば「和久和久」の名前が売れて居りますので私の名前だけ使ってファッション界でデビューした事も」
 「ほー、いろいろやって居るな」


#4

『叙景の死』 ウィル&ヴィクトリア・ベッヒャー

死人の耳
に兵士が
ささやきかけた
そろそろ起きる時間だよ
その穴からは浜辺
が見えた
さざなみの音がする

ジャングルをにぎわす鳥たちのように
ゆれる赤い銛先
鳥ども
が さえずる
われわれはだれも
兵士のように狩りはしなかった


あのコンバーチブルはけして速くなく
その赤は像を残さずに
かわりに
熱のこもった光がうつくしくなくわめきたて
おおきな溜まり
を 砂のうえに
のこしていった

わたしは海岸線を歩いている
そこには出逢いがあり、おおむね笑みがころがっている
わたしは今

を書いている
だいぶまえから筆と手帳を携帯するのがわずらわしくなり
携帯電話で

を書いている
ほとんどは海辺の詩だ
この目に映るものだけが詩へと変容可能なのだ

だからおまえは
すべてを見たことにする
耳にしたものも 手にしたものも 味わったものも

今一度あのささやきに耳をすまそう

わたしは眠らねばならない

死人は眠りを ねむり
目覚めを めざめている
だからもう一度、あの
ささやきを ささやこう

われわれは、なによりもまず眠らねばならない

死人の耳

にぎわす
鳥のような兵士

ささやき
ささやき
が さえずる
われわれはだれも
兵士のように狩りはしなかった


赤いコンバーチブル…

携帯電話のバッテリーが切れかけている
おまえは立ち上がり
あたまの中に詩を描こうと試みる
ジャングルを思い浮かべ あの独特な暑さを再現しようとする
海の香りがする
それはおまえが海にいるからだ
風の音がする
それはおまえが過去と現在を生きているからだ
赤い鳥が
潮風をあびて…

赤いコンバーチブル…

おまえは断念する
詩を?
そう
もう何十年も 詩 に寄添ってきたのに?
しかしおまえのそばに 詩 があった試しはなかった
詩 がそばにあったらそれは 詩 ではない
だからおまえは断念する
詩 ではないものがおれのそばにあるのか?
そう

それは
眠り
なのか
目覚め
なのか

過去なのか
死なのか

こうしてわたしはまたひとつ詩を書き上げ 夕食の準備に街へと繰り出した
わたしは詩を売って生活している
いや
そうではない
詩をもらってもらい 憐れんでもらい 食べものをもらいうけるのだ
その食べものが愛おしい
わたしは
詩で生きている

そろそろ起きる時間だ
そのために
なによりもまず
眠らねばならない

それは
眠り
なのか
目覚め
なのか

赤の…


おれはいま海岸線を歩いている

おまえはいまたしかに海岸線を歩いている

あの
ゆれる
血に染まった銛

見えるか

わたしのささやき

死人

目覚め
から
めざめる…




浜辺

消えて
 …


#5

薔薇ノ里と薔薇ノ海

四股名はこの際置いとこう。
私は信二と言う名前で、それ以外の何ものでもないのだから。
塩を撒く、にらみ合う、時間一杯、

(見合って見合って、八卦よい!)

でぶつかってくるのはダンプカーみたいなでかい衝撃、バチッとした火花が目に浮かんだの。手の平で思い切り頬をはたきやがった。

(のこった!のこった!)

もう一度言う、四股名はこの際置いとこう、相手のこいつは賢治という名前で、それ以外の何者でもない。
私は賢治が大嫌いだ。
賢治とは何か生理的に同類の人間であるような気がしている。自分と近い人間がなんとなく嫌だと感じるのは、デパートで同じ着物を着ている力士に出会ったときの気まずさを思い浮かべてほしい。
むこうも大方そうなのだろう、いつも嫌悪であふれた妖艶な視線を浴びせてくる。
私は賢治を取組中に本気で殺害したいとさえ思っている。投げ飛ばして、そこに座っている九重親方に抱きかかえられる形で首の付け根を折って殺害したい。考えようによってはそれはある意味幸せな最期といえるかもしれない。だとしたら私からの最期のハナムケというやつだ。とにかくそういう風にごく自然にあくまでも事故として片付けられるように巧く殺害したい。大丈夫だ、部屋こそ違えど同期入門である私たちは表面上は仲が良いということになっており、

(八卦よい!)

二人きりになることはないが稽古や祝賀会だって、何度も同席している。他人の目があるとき、ふたりで談笑する様子、他人の目がないとき、ふたりで目配せをする様子など、何か共犯者めいた秘密を共有するねじれた仲間意識さえ生まれているぐらいだ。

(のこった!のこーった!)

賢治は私を四股名でなく信二と呼ぶ。もちろん私もしかりだ。
土俵際、右手をゆんとひねる。ひねる。持ちこたえた。
賢治の爪、綺麗に磨かれた爪に薄く桃色のマニキュアが塗ってある。それに光が反射して私の目をくらます。それが私をさらにいらいらさせる。

(八卦よい!)

ふいに、賢治はちいさく、ほとんど息を吐くのとおなじぐらいちいさくそのやはり桃色のルージュが引いてある唇でつぶやいた。ラブユー信二、お前とずっとこうしてたいよ。

(のこった!!)

せかいがとまる。

(のこーったぁ!!)

ミートゥー。
ミートゥー賢治。あたいもこうしてたいよ。

(八卦よぉーいぃい!)

そうさ木村、いや庄之助もおいでよほら、いっしょにがぶりよつろうよさあ。
長い相撲になりそうだった。


#6

チリ交ヤマ

 都心から少し外れた町の片隅に、〈セブン〉という小さなbarがあった。近くには製紙原料問屋があり、そこに出入りするチリ紙交換を生業とする男どもが、ここ〈セブン〉の常連客だ。ときはチリ交全盛期も終焉間近の昭和六十年代前半のこと。
 店のママは四十代のひとり身で、色黒の小柄な女だった。小太りのせいか、実際の年齢よりも少し若く見える。客どもはならず者が多かったが、中でもママが一番面倒をみていたのが、ヤマという五十になる風変わりな男だった。ヤマは家賃三千円の古いアパートに住み込み、会社の軽トラを借りて毎日古紙を集めている。集めるのは古新聞、古雑誌、ボロ布など。古新聞はそのまま金になるし、古雑誌は文庫本やエロ本が主なので、古本屋に持ち込めばいい値で売れる。だがヤマにとって都合が良かったのはボロ布である。これは古着なども多く、自分のサイズに合えばそのまま着ればいい。いわゆるデモノと言われるものだ。ヤマは気に入ったデモノを身に纏い、その日に稼いだ金を持って〈セブン〉へ行く。そして店では饒舌になり、ママを相手にいろんな話をした。他愛もない話題で盛り上がる。だがいつでもママは楽しそうにヤマの話を聞いていた。また酔うとヤマはわけが分からなくなり、ところかまわず小便を垂れ流す妙な癖があった。それでもママは嫌な顔一つせずに下の世話をする。これには回りのチリ交連中はおもしろくない。ときにヤマは同業者たちに袋叩きにされることもある。が、血だらけになっているヤマを優しく介抱するのも、やっぱりママだった。
 いつでも自分を気にかけてくれる人がいる。きっとそれだけでヤマは幸せだったに違いない。
     *
 それから数年後、市場では紙の値が下がり始めると、チリ交から足を洗う者も後を絶たなかった。そんなあるとき、ヤマが死んだ。会社の古紙を圧縮する機械に巻き込まれ、その小さな体は無残にも潰されたのだ。酒に酔って機械の近くで寝ていたという説がもっとも有力と判断された。
 ヤマが死んで間もなくのことである。〈セブン〉のママが赤ん坊を産み落とした。回りでは、あれはきっとヤマの子だと噂する声もあったが、真相は定かでない。というのも、子を産むと同時に、ママはその町から消えたからだ。
 現在、〈セブン〉があった場所には洒落た美容院が店を構えている。もちろん、ここにはチリ交連中の姿はない。


#7

ムク

 青い田んぼの真ん中に小学生の私が立っていた。
 私はそれを電車の窓から見た。長く伸びた鮮やかな稲に埋もれ、赤いワンピースの少女が立っていた。横に流れる景色のそこだけが切り取られて、子供の頃の私とそっくりな顔が目の奥に焼き付いた。
 瞬きすると既に少女は、ボックス席で私と向かい合わせに座っているのだった。
 伏せた目の端で盗み見ると、私の子供の頃そのものにも思えるし、それほど似ていないとも思える。服装だって、昔の私はこんなおしゃれなものなど着ていなかった。
 向かい合って黙ったまま数分が過ぎた。いやに車内が静かだ。外の景色は動いている。大きなオレンジの光が流れていく。まるで地下を走っているみたいだ。あるいは闇の中か。
 窓の外を滑る光をよく見ると、それは人の顔だった。覚えがあるような無いような、夢の中で会ったきりのような影が踊っている。走馬灯のようだ。
 車輪が線路を噛む音は相変わらず聞こえてこない。私たち以外、車両には誰もいないらしく、満たされない空気がかまいたちのように身を切る。
 目の前の少女が振ったドロップ缶のガラガラという音で、私はピアノ線のような静寂から解き放たれた。少女は赤いドロップスを桜貝のような掌にのせて差し出した。「食べる?」私は頷き、そっと指でつまみあげた。声を初めて聞いた。低くて綺麗な声。少女はまたドロップ缶をガラガラと振ってみせた。その音は消えた線路の音のBGMになった。
 走馬灯はいつの間にか白く光る花に変わっていた。百合のような形をしているが、木犀のような強い香りがここまで届く。甘い匂いを嗅いでいると、鼻が何を勘違いしたのか、お腹が空いてきてしまった。ドロップスはとうに口の中からなくなっている。
 胃をさすっていたのを見られてしまったらしい。少女は悟ったように笑み、赤いワンピースの胸のあたりに手を突っ込んだ。襟の部分からではなく、服越しにである。手首は生地をすり抜け、少女は心臓の辺りから赤く輝く一個の林檎を取り出した。
「食べる?」
 先程と同じ質問。提案でありながらその言葉には命令の響きがあった。私は食べないわけにはいかなかった。
 手に取ると、林檎はほかほかと温かかった。半分に割ると、それは焼き林檎だった。
 再び鳴り出した列車の音に顔をあげると、少女は消えていた。列車が急停止した。人身事故のアナウンスが流れた。窓の外の水田には誰も立っていない。


#8

毛にまつわる物語

(この作品は削除されました)


#9

『海魔の死んだ日』

 姉さんが、海魔と、寝た夜のことはっきり憶えてる。あの頃僕は土の中を這っていた。居間に上がってきて早々に、スカートの裾から海草垂れ流して、水滴、畳濡らして、冷蔵庫開けた。がぶ飲みした清涼飲料水が何だったのか憶えてないけど、姉から一口貰って以来、飲んでないから飲みたいと思わなかったんだ。姉は二階の部屋に消え、大声で泣き出した。その声は深夜中、近所界隈を響き渡る、堤防を越えて海魔の棲むあの海岸にまで届いてしまえばいいと心底僕は思った。居間で寛いでた父母は立ち上がって、自殺志願者のような顔を見合し、顎を強張らし手鎌を持って家を飛び出してく父と父を宥める母の姿。誰だって知ってる。
 誰も海魔には敵わない。今更父が奇襲を仕掛けたって農業用の手鎌では切り傷しか残せない。力足りないんだ。玄関先で鎌を手放し蹲る父の背中、悲しみがへばり付いてた。
 雨が降って山が崩れ土砂が町に流れてくると、雨粒に宿った海魔の雛や幼虫、稚魚たちが作物を食い散らかし伝染病となって、赤いぶつぶつ、青いぶつぶつ、皺くちゃのやつ、罹った人たち皆死んじゃった。勘当された姉は自分の血液、薬に見立て、農薬散布の機械でもってローラー作戦仕掛けたけど、子どもたち最初は苦しんでたのに、数が多いから太刀打ちできずに母屋は土砂で流され、高台の櫓に逃げ込んだ父母も首掻き毟りながら鱗に似た蕁麻疹をぼろぼろにして、死んでしまった。櫓の頂上、鐘つきの梁に縄を縛って、姉さんが頸を括ってるのを見つけた頃、誰もが蝕まれてく住居を足許に見下ろしては、手首を切りつけたり農薬呑んだり色んな方法で死んでった後だから、姉さんの死も愕くべきことじゃなかった。
 町の残骸に海魔の篝火が漂い始め、祝宴が始まった頃合を見計らい、人々の亡骸、子どもたちの糞、綯い交ぜの土砂を掻き分け、僕は地中を掘り進むと、海魔のすぐ後ろに這い出、青緑色のふやけた図体に、自慢の爪で穴を開けた。海水臭い体液が出てきて、ずんぐりむっくりな僕の身体、投げ飛ばされ、子どもたちに群がられたけど、土竜殺しの毒薬を練り込んだ海魔の傷口は爛れ、一匹死ぬとまた一匹。
 嘗ての家族たちが苦しむのを見ながら僕は考えた。僕と彼らは大して違わない。畑で見つかって叩き殺されるはずだった僕を、姉さんが拾ってくれた日。彼らと共に海に逃げ出してれば僕が姉さんを寝取ってたんだろうと、海水交じりの血腥い土砂が教えてくれる。


#10

アカシック・レコードをめぐる物語 彼岸編

「みんな予定調和なんだろ?」
「君はあの預言書のことを言っているのだろう。ただ、魂の成就を得た者は百回忌を迎えると新しく命を得て戻ってくるけど、自殺した者はそうはいかない。簡単には戻って来られないんだ。酷い話だと思うかい? だけどそういうものなんだ」

 気付けば一人、白い空間の中に立っていた。川の流れも止まりそうな世界で、まっすぐ伸びる一本の道だけがあった。
 自分の魂に未練は無かった。どうにでもなれと、宛ても無く、ただただ歩き続けた。

 ――知ってるかい? 『無慈悲な夢』と呼ばれる存在を。

 どれだけの道を歩いたのか。先の見えない道が延々と伸びるばかりで、いつしか自分が何者なのか、なぜ歩いているのかも解らなくなった。意識も霧の中にあるようだった。
 代わりにふと今、黒い物体の横を通り過ぎたことに気付いた。振り返ると四角錘形の土台があって、黒い水晶球が浮かんでいた。吸い寄せられるように、それに触れた。
 一つの映像が目の前に現れた。素晴らしい夢だった。家族も、友達も、皆笑っている。紺碧の空を流れる雲。季節に合わせて花も咲き誇る。その中で私は念願の夢を叶え、至高の誉れを手に入れていた。
 成就した魂。夢は最高のかたちで幕を降ろした。映像が終われば後悔だけがのし掛かり、その場でただただ泣き崩れるだけだった。

「それが『無慈悲な夢』と呼ばれる物の見せた“ifの世界”なんだ」
 男は口を止めると冷めたコーヒーカップに口を付けた。店内にはマスターが居るだけで、他の席に客は居なかった。
「アカシック・レコードが記録しているのは事実史だけだ。『無慈悲な夢』にはそこから洩れた“if”が詰まっていると言われている。ではなぜ水晶に触れた者は、無数の“if”から現れた一つの夢を見て、必ず泣き崩れることになるのか。おそらく『無慈悲な夢』は、アカシック・レコードの対(つい)の存在でも何でもなくて、その人間が一番願っていた夢を映し出す鏡なんだ。“ifの世界”は事実史と何の関係も無く、意味を成さず、ただただ触れた人間を傷付けるだけ。ひたすらに続く白い道も、いつ終わるのか解らない」
 男はカップの底に残っていた最後の汁を吸い込んだ。向かいの席で話を聞いていた男が、外を眺めたまま口を開いた。
「君はアカシック・レコードを見たのかい?」
「見たくもないよあんな物。それに見たことが無いからこそ、こうやって話しに来てるんじゃないか」


#11

イヨヒメバチ

 俺はあの女を三度抱いただけだった。ある朝、あの女の娘だと名乗る少女が現れた。名を海といった。母は蒸発したとのことだった。
 そのとき俺は二十三で少女は十三だった。

「彼女いないの?」
「なんで」
「そしたらあたし邪魔じゃん」
「いないよ」
「別に気を使わなくていいよ。あたし大丈夫だから」
「だからいないというのに」
 世の男は女に飢えていなくてはならないのか、とも思ったが言わずにおいた。テレビに顔をやった海の、その気配にやわらぎがあることを感じたからだ。少しの重みが結果として海の負担を軽くしているなら、それでいいと思った。

 海は必ず、週に一度は酩酊して帰ってきた。俺は海の帰宅を翌朝に知ることになる。俺はなにも言わなかったし、海もなにも話さなかった。
 ある晩、泥酔した海が寝ている俺の布団に潜り込み、絡み付いて性器に触れた。俺は海を見た。海は焦点の定まらない瞳でへらへらと笑っていた。俺が拒むと海は大声で俺を侮辱した。その顔はやはり笑っていた。俺は、たしなめや怒りとは違う、底の暗い憎しみから海を殴った。海の顔から笑顔が消えた。眼窩はうっ血してみるみる腫れあがった。
 その晩から俺と海との交流は途絶えた。断絶は数ヶ月続いた。

 それからも海は変わらず、週に一度は酔って帰宅した。
 俺はフラッシュバックする海の表情に苦しんだ。あれは恐怖ではない。裏切りを目の当たりにした人間の顔だ。そんなつもりはなかった。

「来週の水曜、暇?」
 あるとき海から声をかけてきた。海は酔っていた。
「わかった、空ける」
「うん」
 海は俺の目をしばらく見ていた。俺はなんとか海の目を見た。だがその考えを読むことはできなかった。おやすみ、と海が背を向けてようやく、俺は息をすることができた。

 水曜。海の三歩後ろに俺。海は振り向かなかったが、俺に合わせた歩調で進んだ。
 いくつか電車を乗り継いで訪れた先は墓地だった。海は無言のまま、ある墓の前で立ち止まって手を合わせた。俺も合わせた。
「九十八回目」
「毎週?」
 海は頷いた。
「言ってくれれば花と線香を持ってきたのに」
「お墓参りじゃないんだから」
 願掛け?
 その間を察して海が言った。
「はじめはお父さんの命日までだったの。でもダメだったから」だから百回。
 帰ってくるかな?
 わかんない。でもいい。

 海が手を合わせて目を瞑ると、どこからか流れてきた線香の煙が風を受けて膨らみ、渦を巻きながら霧散した。


#12

手記「天使を食べた」

 『私は誰もいない夜の公園で奇妙な生物を発見した。
 それは白い一メートルほどの蛇に人間の脚と美しい純白の翼を生やしたもので、心地よい鳴き声を口にしていた。
 私は度重なる不幸(ここに記すべき過去ではないので、貴方達の想像に任せたい)により思考が麻痺しており、それを一目見た瞬間に「天使だ」と理解する程に病んでいた。天使は私を見て翼を大げさに羽ばたかせるが、飛ぶこともできずにのた打ち回っていた。私はすぐさま天使の頭を踵で踏みつけた。想像以上に柔らかく、短い悲鳴と共に天使は動かなくなった。
 
 その後、天使を家に持ち帰りとりあえず魚のようにさばいてみる。血液は精液を彷彿とさせるどろりと白濁したものであり、臓器は光る糸を束ねたようなものだった。眼球には金平糖のような水晶が存在し、それは光の当て方であらゆる色に変わった。翼はさばいているうちにいつの間にか萎れて愚図ついた色に変わっていた。
 とりあえず味醂と醤油で適当に肉を煮込んでみる。
 出来上がるまでの暇に例の水晶を口の中に含んでみた。すると、何とも言えない芳醇な甘みが広がってきた。まだ女性を知らない頃に逞しく想像した愛液の味がそう言えばこんな感じだった。過去の産物を神聖視するのが私の個性だった。
 やがて身が綺麗に染まり食べるのに申し分ない状態になった。無機質な皿にそれをよそり、一口。
 次の瞬間、私の毛髪が全て天井に向けて弾丸のように放たれた。パーティークラッカーが炸裂した後のように、吹き飛んだ髪の毛が部屋中に散らばる。
 もう一口食べると、背骨に違和感を覚え始める。やがて、ぼきぼきと不穏当な音を鳴らし、そのまま背に巨大な翼が生えた。
 面倒なので全てを一気に口に含み飲み込んだ。快感が体内から迸る。私の全身が鱗に包まれていく。目に何やら奇妙な情報が映るようになる。「人類は真の僕となる=滅亡する」「この項目に対し救済措置を取ることが可能」。
 はい。いいえ。
「いいえ」
 何も考えずにそう口にする。
 直後、拍手のような乾いた音が響いてきた。
「君は躊躇うことなく正しい答えを選んだ。おめでとう」
 はるか彼方から聞こえるその声は、所謂神だと考える。
 私は人型を保ったままでいることを悔やんだ。』


 ――記述はここで終わっている。
 手記の主は鱗生病の宿主であったと言われている。しかしながら行方は不明。政府は毛髪から得た遺伝子情報を今だに秘匿し続けている。


#13

楽園の鳥

 鼻が粘土みたいに潰れた奴、腕が木の根っこみたいによじれた奴、そして頭がスイカみたいに半分割れた奴なんかの、生活の世話をするのが俺の仕事だ。
「今日は良い天気だね」
 耳がソフトクリームみたいに溶けて無くなった奴が俺に話し掛ける。
「ああ。恋人と散歩しながら、ソフトクリームでも食べたい気分だな」
「ソフトクリームだって?」
「いや別に……それはみたらし団子でもいいのさ。彼女が食べたいと思う物で俺は構わないよ」
 休憩時間になると、俺は園の庭に置かれたピンク色のベンチで煙草を吹かした。園長によれば、ピンク色というのは平和と希望の色だという。でも頭を半分吹き飛ばされた奴にとっての希望って何だろうなと考えていると、俺の隣に金髪のすごい美人が腰掛けてきた――といってもそれは左半分だけの話で、女の右腕と右の乳房はきれいに切断され、顔の右半分にはひどい火傷の跡がある。
「ねえ、あんた結婚してるの?」
「いいや」
「恋人は?」
「昔はいた」
 庭のどこかで、鳥が春みたいな調子でほがらかに鳴いている。
「あんたって寂しい人なんだ」
「関係ないだろ」
 鳥たちはこの女が失った体のありかを知っていて、そこは失われたすべてのものが保護されている楽園で、毛むくじゃらの醜い番人が一人楽園を守っていて……
「俺はお前らの世話をして給料をもらってる。ただそれだけのことさ」

 その日の午後は外国の慰問団がやってくることになっていた。中央アジアにある何とかスタンという国の伝統的な舞踊を披露してくれるのだという。
「あの子が踊るのかな」
 到着したバスから人が降りてくると園の奴らがソワソワし始めた。
「まだ中学生くらいだね。首も脚も細いし、胸も小さいよ」
 広い食堂にはステージが用意されていて、派手な民族衣装を身に着けた舞踊団が手に楽器を持ってゾロゾロと入ってきた。
「みんな男前ねえ!」
 舞踊団の連中は、会場を埋め尽くす異形の集団を眺めながらやや顔を歪めた。
「ほらあの子がきたよ!」
 ステージの中央へ、天女のような女の子が現れると狂ったように拍手が起こった。女の子は異形の集団に怯むことなく、花のような横顔を凜と張り詰めながら最初のポーズを取る。
「あれ、私の右顔よ!」
 俺は馬鹿みたいに叫ぶ金髪女を黙らせた。
「あんたも見たでしょ? 毛むくじゃらの、バスの運転手」
「ああ見たさ」俺は女の柔らかい体を抱きしめていた。「楽園の鳥も、鳴いていたな」


#14

デカルトの城にて

 私の視線の先、白塗りのベンチにペトラが座っていた。白い美貌を思い切り顰め、手で右眼を押さえていた。通りかかったエヴァは、彼女の異変に気づき、心配そうに尋ねた。「どうしたのペトラ、酷い顔よ?」。この言葉に、ペトラはグルリと碧い左眼を動かして、エヴァを見た。その視線には驚きと同時に彼女を非難するような色があった。眉間に皺を寄せ、「それってどういう意味かしら?」と喧嘩腰に言った。エヴァは慌てて、「違うのよペトラ、顔色が悪いと言ったの。真っ青を通り越して真っ白よ?」。ペトラはエヴァの釈明に対し、憂鬱な表情で嘆息した。「失くしちゃったの」。エヴァは怪訝そうに、「失くした? 何を?」。ペトラは何も言わず凝っとエヴァの双眸を見つめた。その迫力にやや気圧されたエヴァだが、それでようやく事態に気づいた。「悪戯者の鴉のせいよ。あの憎ったらしい災禍鳥。解解にしても飽き足らないわ」。そう毒づくペトラに、エヴァも同情を禁じ得ないらしく、かける言葉が見つからないようだった。ペトラの怒りはもっともだった。私には彼女の気持ちが痛いほど解った。いや、ことによっては彼女以上に、あの呪われた鳥を憎んでいた。この世に存在するどんな罵詈雑言を浴びせかけようとも、決して私は満足しないだろう。なんと残忍にして醜怪な誘拐魔! 彼女達の住むこの古城の尖塔の上に留まり、今この時も死者の眼で獲物を狙っている。この場所からだと、それが良く見えた。このことを何とか二人に伝えたかったが、残念ながら私の声は彼女らの耳には決して届きはしない。私の声が聞こえるならば、彼女の嘆きはすでに終わっているはずだから。エヴァはペトラの隣に座り、そっと彼女の肩に手を置いて、「大丈夫よペトラ。お父様もお叱りにはならないわ」。しかし、ペトラは嫌嫌をするように頭を振り、「でも、でも、嗚呼、どんな顔をしてお父様に会えばいいのか。姉様、こんな片輪になった私をお父様は愛して下さるかしら?」。ペトラはエヴァの胸に顔を押しつけて啜り泣いた。嗚呼、可愛そうなペトラ! その胸の歯車の軋む音がここまで聞こえてきそうである。十三番目の妹を、十一番目の姉のエヴァが優しく髪を撫でて宥め賺す。「大丈夫、きっと見つかるわ」。そう言ったエヴァの真珠の眼が一瞬、私を捉えた。彼女は立ち上がってこちらにやってくる。その晴れ晴れしい笑顔! おお、そうだ、私はここだ、ここにいるぞ!


#15

賞金はつきものだ

「小雪さんはあんまり考えていないね。いつも思うんだが、もう少しゴルフコースの攻め方を考えるようにしたほうがいいんじゃないかねぇ……」

おやっ、という表情で、小雪さんは、ちらりと栄太の様子を見た。それから
「……あら、そうかしら? 考えていますよ。パーでまわれるように」 と、いった。

ニャッとわらうと、屋福さん。
「だからね、駄目なんだよ。パーでまわるって、プロのやることだろ。アマはちがうよ」

小雪さんは、めったにミスしない。それでは勝てない。それがゴルフのおもしろいところなんだ。と、
そこまでお節介な事はいわないが……ニャッと笑った屋福さんの目はわらっていない。

「たとえば、ラフにわざと打ち込んでボールをとめるとか。やってみたことある?」

「おやおや、なんでそんなことするんですか? わたしはラフに打ち込むことなんかめったにありませんよ」 と、小雪さん

一番ロングホールを、3オン3パットのボギーである。立派なものだ。滝音プロのパーは当然だが、屋福さんも栄太も、3パットのボギーである。

小雪さんがなにを言うと、いぶかしがるのも当たり前。

「たとえばこの次に打つときに、2パット狙いで、思い切ってグリーンはずれのラフに打ち込めばボールはとまる。そんな攻め方もあるってはなし」

次は、特徴のないミドルホール。370ヤード誰でも2オンできる距離だ。しかし、止まらないと、グリーン奥にこぼれるのが怖くて2オンは狙わないことも多い。

「飛ぶ人なら、不安がありますね。わたしは大丈夫。栄太君に聞かせてあげたいわね」

気持ちよくゴルフするのには、マナーが大切だ。なにも感じないでマイペースに歩くことも大切だ。考えるのはプレーが終わってからのほうがいい。

歩きながら、小雪さんがいった。

「いつもは握ると言い出す屋福さんなのに。今日はそれで調子が出ないのね?」
「いや、そんなことはないよ。ゴルフに賞金はつきものだ」
「それじゃ、栄太君になにかプレゼントっていうのはいかが?」

滝音プロはニコニコ笑っているばかり。


「うーん、そうだねぇ。もし勝ったら。まあ、滝音プロは別として、と、云うことは、わたしと、小雪さんに勝ったら。ということになるかな」
「わぁ、すごい、屋福さんのオーダーはメーカー特製よ」

なんと言っていいのか。返事のできない栄太

「まだ、初めてなので、パーをとったら。……に、しておくか?」 と、屋福さんが言い直した。


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