第98期 #4
死人の耳
に兵士が
ささやきかけた
そろそろ起きる時間だよ
その穴からは浜辺
が見えた
さざなみの音がする
ジャングルをにぎわす鳥たちのように
ゆれる赤い銛先
鳥ども
が さえずる
われわれはだれも
兵士のように狩りはしなかった
と
あのコンバーチブルはけして速くなく
その赤は像を残さずに
かわりに
熱のこもった光がうつくしくなくわめきたて
おおきな溜まり
を 砂のうえに
のこしていった
わたしは海岸線を歩いている
そこには出逢いがあり、おおむね笑みがころがっている
わたしは今
詩
を書いている
だいぶまえから筆と手帳を携帯するのがわずらわしくなり
携帯電話で
詩
を書いている
ほとんどは海辺の詩だ
この目に映るものだけが詩へと変容可能なのだ
だからおまえは
すべてを見たことにする
耳にしたものも 手にしたものも 味わったものも
今一度あのささやきに耳をすまそう
わたしは眠らねばならない
死人は眠りを ねむり
目覚めを めざめている
だからもう一度、あの
ささやきを ささやこう
われわれは、なによりもまず眠らねばならない
死人の耳
を
にぎわす
鳥のような兵士
の
ささやき
ささやき
が さえずる
われわれはだれも
兵士のように狩りはしなかった
と
赤いコンバーチブル…
携帯電話のバッテリーが切れかけている
おまえは立ち上がり
あたまの中に詩を描こうと試みる
ジャングルを思い浮かべ あの独特な暑さを再現しようとする
海の香りがする
それはおまえが海にいるからだ
風の音がする
それはおまえが過去と現在を生きているからだ
赤い鳥が
潮風をあびて…
赤いコンバーチブル…
おまえは断念する
詩を?
そう
もう何十年も 詩 に寄添ってきたのに?
しかしおまえのそばに 詩 があった試しはなかった
詩 がそばにあったらそれは 詩 ではない
だからおまえは断念する
詩 ではないものがおれのそばにあるのか?
そう
それは
眠り
なのか
目覚め
なのか
過去なのか
死なのか
こうしてわたしはまたひとつ詩を書き上げ 夕食の準備に街へと繰り出した
わたしは詩を売って生活している
いや
そうではない
詩をもらってもらい 憐れんでもらい 食べものをもらいうけるのだ
その食べものが愛おしい
わたしは
詩で生きている
そろそろ起きる時間だ
そのために
なによりもまず
眠らねばならない
それは
眠り
なのか
目覚め
なのか
赤の…
…
おれはいま海岸線を歩いている
おまえはいまたしかに海岸線を歩いている
あの
ゆれる
血に染まった銛
が
見えるか
わたしのささやき
死人
が
目覚め
から
めざめる…
…
…
浜辺
が
消えて
…