第98期 #14
私の視線の先、白塗りのベンチにペトラが座っていた。白い美貌を思い切り顰め、手で右眼を押さえていた。通りかかったエヴァは、彼女の異変に気づき、心配そうに尋ねた。「どうしたのペトラ、酷い顔よ?」。この言葉に、ペトラはグルリと碧い左眼を動かして、エヴァを見た。その視線には驚きと同時に彼女を非難するような色があった。眉間に皺を寄せ、「それってどういう意味かしら?」と喧嘩腰に言った。エヴァは慌てて、「違うのよペトラ、顔色が悪いと言ったの。真っ青を通り越して真っ白よ?」。ペトラはエヴァの釈明に対し、憂鬱な表情で嘆息した。「失くしちゃったの」。エヴァは怪訝そうに、「失くした? 何を?」。ペトラは何も言わず凝っとエヴァの双眸を見つめた。その迫力にやや気圧されたエヴァだが、それでようやく事態に気づいた。「悪戯者の鴉のせいよ。あの憎ったらしい災禍鳥。解解にしても飽き足らないわ」。そう毒づくペトラに、エヴァも同情を禁じ得ないらしく、かける言葉が見つからないようだった。ペトラの怒りはもっともだった。私には彼女の気持ちが痛いほど解った。いや、ことによっては彼女以上に、あの呪われた鳥を憎んでいた。この世に存在するどんな罵詈雑言を浴びせかけようとも、決して私は満足しないだろう。なんと残忍にして醜怪な誘拐魔! 彼女達の住むこの古城の尖塔の上に留まり、今この時も死者の眼で獲物を狙っている。この場所からだと、それが良く見えた。このことを何とか二人に伝えたかったが、残念ながら私の声は彼女らの耳には決して届きはしない。私の声が聞こえるならば、彼女の嘆きはすでに終わっているはずだから。エヴァはペトラの隣に座り、そっと彼女の肩に手を置いて、「大丈夫よペトラ。お父様もお叱りにはならないわ」。しかし、ペトラは嫌嫌をするように頭を振り、「でも、でも、嗚呼、どんな顔をしてお父様に会えばいいのか。姉様、こんな片輪になった私をお父様は愛して下さるかしら?」。ペトラはエヴァの胸に顔を押しつけて啜り泣いた。嗚呼、可愛そうなペトラ! その胸の歯車の軋む音がここまで聞こえてきそうである。十三番目の妹を、十一番目の姉のエヴァが優しく髪を撫でて宥め賺す。「大丈夫、きっと見つかるわ」。そう言ったエヴァの真珠の眼が一瞬、私を捉えた。彼女は立ち上がってこちらにやってくる。その晴れ晴れしい笑顔! おお、そうだ、私はここだ、ここにいるぞ!