第97期 #7

くりてくりて

 ブラブラと人気の無い通りを歩いていると、やけに壁の白い画廊を見つけた。丁度、誰かの個展をやっているらしかった。しかも画ではなく人形の個展だった。芸術に疎い私だが、不思議と惹かれるものがあって入ってみることにした。
 中に入ってみると、受付はなく、当然それを務めるはずの人もおらず、画廊のオーナーどころか人っ子一人いなかった。
 不審に思わないでもなかったが、取り敢えず作品をさっさと見ようと、たいして広くもない部屋に視線を巡らせた。四方だけでなく床まできちんと白で統一された空間の真ん中に、一つの円形のテーブルがあり、その上に小さな四角い箱が置いてあった。箱の天井は空いており、中が俯瞰出来るようになっていた。箱の中にあったのは、一つのテーブルと小さな箱、そして一体の人形だった。
 その人形は小さいながらに非常に精巧に出来ていて、顔はもちろん、シャツの皺まで見事に造形されていた。今にも動き出しそうな程に、不気味な精彩を放っていた。
 しかし、期待した程のものではないなと、少々がっかりしていると、人形に糸が繋がっていることに気がついた。その糸を辿っていくと箱の横の二本の棒に繋がっていた。どうやら、この人形は傀儡人形らしかった。見るだけでなく参加できるタイプの芸術ということだろうか。そういうものならば、私は嫌いではなかった。
 少し興が乗ってきた私は、戯れに棒を弄くってみた。しかし、素人が上手く操演出来るはずもなく、私の人形は無様に、滑稽に、喘ぐような踊りをして見せるのが精一杯だった。
 数分も操っていると、私はすぐに飽きてしまった。棒を元の位置に戻して、早々にここから出ようと考えたが、ふと箱の中の箱のことが気になった。あの箱の中には何があるのだろうか。私は思い切り顔を近づけて、目を細めて凝視してみた。すると、箱の中には、さらに小さなテーブルがあり、その上にさらに小さな箱があり、傍らにさらに小さな人形が立っているのだった。そして、その人形からは糸が伸びていて、私が先ほど操っていた人形の両手の棒に繋がっているのだった。
 その瞬間、私は言い様の無い不安と、凄まじい圧力を伴った視線を頭頂部に感じた。
 私は呼吸することが出来なくなり、俯き、体を奇妙に屈めた姿勢のまま、蟹歩きで画廊の出口に向かった。私は外に出ても、まだそれを維持しながら、家路についた。
 以来三十年間、私はまだその姿勢のままでいる。



Copyright © 2010 志保龍彦 / 編集: 短編