第97期 #4

カートでスリル

「カートでスリル」と言う名前の会社が警察の摘発を受けた。
 観覧車のゴンドラの部分にカートを使って営業を続けて居た。
 営業開始から半年は滞り無く営業を続けて来られて居た。
 むしろスリルを味わえると言うので好評だったぐらいだ。
 客の入りも良く、無謀な若者や、自暴自棄な若者のはけ口になると言うので警察も見て見ぬふりをして来たのだが。
 しかし遂に死者が出て、警察が動かざるを得なくなった。
 どうせ無謀な若者が、無謀な乗り方をして居たんだろうと警察が調査に乗り出すと、死んで居たのはお婆さんだった。
 「カートでスリル」の観覧車はゴンドラ部分にカートを使って居るので、確かにスリルは満点だった。覆いの部分が全く無いのは言うに及ばず、その為に大人しくして無いと簡単に落下して仕舞う。
 比較的大きなカートが使われて居たが、何人乗っても料金が一緒と言う、タクシー方式だったので、ケチな若者がよく経費を節減する為に4人や5人で一つのゴンドラ(カート)に乗ったりして居た。
 大人しく乗って居ても詰まらないのか、観覧車のゴンドラが最上階にさしかかると度胸試しに激しくゆすると言うのがこの地域の若者達の避けては通れぬ儀式と化して居て、この儀式に異を唱える者は人徳の無い者として就業できないと言うのが、この地域の若者を支配する共通認識とすらなって居た。
 この様なバックグラウンドの為、警察が当初、無謀な若者が多人数で乗って無謀な事をカートの上でやって居たのだろうと思った。
 亡くなったお婆さんは愛しのお爺さんに先立たれて、日々退屈だった。何とか外との接点を求めて、出歩いて居たが、どうも張り合いが無い。何処へ行っても、御婆さんと言う事で、大事にされて仕舞う。わしゃもっとスリルを味わいたいんじゃと思っても、そんな場所は何処にも無い様に思われた。
 そんな日々の中、「カートでスリル」と言う所がやって居る、スリル満点の観覧車を街頭チラシ配りのチラシを受け取って知って仕舞ったのだ。
 これだ、これがわしゃの求めて居た物だ。もうその観覧車と何年も前から相思相愛であったかの様に、今すぐに飛んで行くよと言うのりで乗りに行って仕舞ったと言う訳だ。
 そして、たった一人で乗って居たのだが、昔取った杵柄で(このお婆さんは新体操の選手だった)カートの上で片手で逆立ちしながら、本を詠んで居たらバランスを崩して落下して仕舞った。



Copyright © 2010 石川順一 / 編集: 短編