第97期 #3

友に捧ぐ

 私には心から友人と呼べる者が唯一人だけいた。
 もっとも彼は人ではない。だから、彼が私を友だと思ってくれているかはわからないのだけれど……それでも、私にとっては、友と呼べるのは彼しかいなかった。
 だから、私は彼の事を友だと思うことにしていた。

 私と彼には、ただただ、静かに過ごす時間を共有する以外には特に接点もない。人ではない彼とお喋りをする事はできないし、人である私は、やはり彼とお喋りする事はできない。お互いに見つめあうか、目を閉じて風の音を聞くか、ゆったりと睡眠をとる位のものである。
 気まぐれで気分屋な彼でも、私が目を覚ますまで傍に居てくれるし、彼が寝ている時は、目を覚ますまで私が傍にいた。

 親しいのか、そうでないのか、本当の所はわからないが、そんな彼とも暗黙のルールが一つだけあった。

 私の食事を彼に与えない事。

 気まぐれな彼と静かに過ごす時間を共有するようになってから随分と経つが、私が横でパンや弁当を食べていても彼はそれ等を欲しがらなかったし、私も与える事はなかった。食事まで共有してしまったら、私達の関係が変わってしまうと、出会った頃から互いに理解していたのかもしれないし、彼にとって私の食事は欲するものではなかっただけなのかもしれないが、勝手に暗黙のルールとして決めていた。

 それから、暫くして、彼の住処にビルが建つことになり、私と彼の憩いの場は、その姿を消そうとしていた。
 そして、私は一つ、決心した。
 彼の事を母に話し、友から家族になってもらおうと思ったのだ。
 しかし、それは簡単な話ではない。母や父は彼等が好きではなかったからだ。小さな頃に無断で彼と同種の存在を連れ帰った時は、酷く叱られ連れ帰った子は保健所へと連れて行かれた。彼もそうなってしまったらと思うと、今まで母や父に言う事ができなかったのだ。
 しかし、その日、私は、父と母を前に固い決心を目に込めて懇願した。そして、裁断の時を待った。
 父や母は少しだけ話し合った後、私の目を見て、あっさりと承諾してくれた。拍子抜けする程に。

 私の心は躍り気分も高揚した。
次の日、何時もより早起きをして、彼の為に缶詰を買い、彼の元へと走った。缶詰を渡せば私の意図を彼は汲み取ってくれるはず……だった。
 だが、缶詰を渡す事はできなかった。
 その代わりに私の頬を涙が伝った。とめどなく溢れる涙は彼の為なのか私の為なのかわからなかった。



Copyright © 2010 雪篠女 / 編集: 短編