第97期 #2
食べてすぐ寝たら牛になってしまった。夕飯の後、そのままコタツで横になっていた。至福のひとときだった。いつの間にか眠りに落ちていて、目覚めたら牛になっていた。
何をするべきか全くわからず、とりあえず外に出た。道行く人はみんな驚いた。遠巻きに眺めて写真を撮っていた。言葉が話せなくなっていた。何か言おうにも「モー」にしかならない。間もなく警察やらテレビクルーやらいろいろ来て、牧場に送られた。
牧場には言葉の通じる奴が多かった。通じない奴は本当の牛。通じる奴は元人間というわけだ。コタツにやられたという奴はかなり多かった。
これから一生草しか食えないのかと思っていたら、ビールが飲めた。じつにうまかった。厩舎で先輩に聞いたら実に簡単なことだった。肉を柔らかくするため。つまるところ、ここにいる牛は食用ということだ。
元人間の牛たちの間で脱走計画が立てられていた。もちろん参加した。脱走はうまくいったが、驚くには値しない。人間が作った柵を人間が越えただけのことなのだ。
リーダーに従って山を登った。彼曰く、この上に彼が放浪している時に知り合った牛がいて、その者こそが真のリーダーとのこと。
奥深い山中を川沿いに進んだ。小さな滝が見えた。滝壺の畔に、まるで清酒白鹿のコマーシャルのように一頭の牛が佇んでいた。荘厳な光景だったが、それは鹿ではなく、牛だった。
彼を囲んで我々は腰(?)を下ろした。近づいて見るとその牛は全身に傷跡を持ち、片目が潰れていた。しかし残った右目は鋭い眼光を放っていた。彼は口を開いた。その言葉は我々の胸を突いた。
――もう我々は、この国にはいられない。
彼は牛になった後、スペインに渡ったらしい。スペインで闘牛となって、何人ものマタドールを倒してきた。牛になった人間が自分だけではないと知り、我々を助けるために帰国したそうだ。
確かに雄牛は牧場で死を待つことしかできない。だがマタドールを殺すことには耐えられないし、生き残れるとも思えない。我々は口々にそんなことを答えた。彼は静かに首を振った。それを見て我々は口をつぐんだ。
――インドに行こう。
それは夢のような提案だった。インドならば牛は安泰だった。だが、いざ山を下り始めると涙が溢れてきた。周りを見るとみんな泣いていた。
前方に目を遣ると、すでに一度祖国を捨てていた傷だらけの背中、というより臀部も、やはり泣いているように見えた。