第97期 #17
みんなが僕と目を合わさないのは、きっと僕が猫の死体なんかを手にぶら下げているせいだと思う。僕はこの憐れな猫をどこか適当な場所に埋めてやるつもりだったのだが、適当な場所なんて、そう見つかるものじゃない。
「君ちょっと!」
緊張した顔の警官に、僕は突然呼び止められた。
「ここで何をしてる」
「デートの待ち合わせを」
警官は緊張を緩めない。
「手に持っているものは何だ」
「アイスクリームにでも見えますか?」
僕がそう言うと、警官は顔を紅潮させ僕の胸ぐらを掴んだ。
僕は猫を持っていない方の手で上着のポケットから拳銃を取り出すと、警官のこめかみに銃口を当てた。
「じつは、その相手の女とはずっと昔に別れたきりなんです」
「ああ……」
「でもまた会いたいっていう手紙を彼女からもらって、今日はここで待ち合わせをしてたって訳なんです」
僕は警官の腰ベルトから、猫を持った方の手で器用に拳銃を抜き取ると、両手を上げる警官にさよならを言った。
「もし彼女が来たら伝えて下さい。やり直すのは、やっぱり無理だと」
僕は人ごみに紛れこみながら、目に付いた地下鉄の階段を降りていった。地下鉄の構内では、オレンジ色の宇宙服みたいなものを着た人やヘルメットを被った人たちが、何かを叫んだり忙しそうにしていたので、死んだ猫をぶら下げている僕のことを変な目で見たりする人は全然いなかった。
「ここは危険です! 今すぐ地上へ逃げて!」
僕は自動改札を飛び越え止まっている電車に乗り込んだ。車内には、床に倒れた人や白い泡を吹いている人たちが大勢いた。
「ねえその猫、名前なんていうの?」
ふいに小さな女の子が僕に近寄ってきた。
「名前は知らないけど……君、大丈夫?」
「うん、大丈夫。その猫、眠ってるの?」
「まあね」
電車がゆっくり動き出したので、僕は女の子の手を引いて座席に腰を下ろした。
「ねえ、なんかワクワクしない?」と女の子は言いながら、僕の顔を下から見上げるように覗きこんだ。
「君といると、なんだか楽しいよ」
僕は真っ暗な地下鉄の窓を眺めた。
「あたしがお母さんで、猫はお父さん。あなたは、あたしの子供ね」
車両の隅で、岩のようにうずくまったエレファントマンが小さく、醜悪に頷いた。
「だからあたしがみんなを守るの。だってあたし、お母さんですもの」
僕は泣いていたと思う。そして暗闇は無言のまま、バラバラに砕けていく僕たちをじっと見ていた。