第97期 #18

すきだらけ

「……」
 ちょいちょいちょい、ちょいちょいちょい。耳そうじをするときに、みんな耳の奥をつつくよね。でも、その位置よりもっとずっと奥。脳みその奥の奥の奥。宇宙とかとつながっているところのやや手前。今、みんなのそこがちょっとだけ震えていた! 音がでかすぎて、何がなんだか聞き取れないんだけど。
「……」
 明かりが全部消えているのは、演出じゃない。後で聞いた話では、電線を伝わってこの空間へ入ってくるすべての電気を100%遮断していたらしい。でも、音量はずっと一定のパワーを保っていた。たまにレーザービームがまたたく。奥の奥をちょっとだけ揺らされたみんなのつむじの先からふわーっとキラキラしたパワーが出て、もちろん、目には見えないんだけど。そのキラキラしたやつは自由自在に流れるように集まって、線を伝って、楽器やコンピュータにパワーを注いで音が鳴ってる。そこにいた人はみんななんとなく理解してた。そんなの当たり前の話じゃん、と強く。
 暗闇は、地下200階みたい。国家権力でもコントロールできない何者かが静かに潜んでいるような色をして、天井から床まで見えない煙が包んでいた。別に、誰もここから出たいと思わない。時計は見ない。そんなもの持っている奴はいないし。

 外のオフィシャルグッズ売り場の商品は、もうずっと前に売り切れていた。
 さっきまでは、ここで、胸のところに大きく『一人ぼっち』という文字がプリントされたTシャツを販売していた。このお店には、商品がそれしか置いてなかったのである。なんでこんな、4800円もするグッズを買ってしまうのか、不思議なんだけど、長い長い列に並んで、ほとんど全員がそれを欲しがった。
 右を見てみる。左を見てみる。あれ? みんな買ったばかりの『一人ぼっち』Tシャツを着てるんだよ。おれも着てるんだけど。踊ってるんだかなんだか、脇の下をつつかれてもがいているみたいに揺れて。

 これでもか、これでもか。
「……」
 会場を出ると、出入口から長い廊下が伸びていた。来たときはこんな廊下なかったよ、もちろん。廊下の先は行き止まりだった。みんな、どっちへ歩いたらいいか、とか、そういうくそどうでもいいことを考えたくなかったので、ボーっとしたま、しばらく行ったり来たりした。
 家に帰りつくまでの途中の道で、奥の奥が震える感覚はきれいさっぱり忘れていた。



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