第97期 #10
目は覚めていた。天井に並ぶ四角い板は全て木目を持っていた。それは違う木目の一部が並んでいるのだけど、見ていると全てが繋がっているようにも見えた。
いつものように学校へ行く仕度をしなくてはならないのだけど、布団の中で仰向けのままなぜか体は言うことを聞かなかった。固い粘土の塊にでも成ったように手も足も動かなかった。
家内は台所だろうか。何も聴こえてこなかった。遠くに居るのだろうか。大きな声を出すのは億劫だ。このまま横になっていたい気もする。
天井を見詰めていると視界の隅で動くものがあった。もぞもぞと動く黒い影が時折視界に入った。家内にしては様子が違う。
首の代わりに眼だけ動かし正体を見定めようとした。体は小さく動きは小動物の感じがした。影は子供の姿をしていた。しかしうちには子供は居ない。十年経ったが出来なかった。どこの子供だろう。男の子のようだ。そう、ちょうど私が受け持っている、小学三年生の子供のようだ。
子供は両手を前に付くと、ひょいと膝を寄せてきて私の顔を覗き込んだ。あどけない表情だった。どこかで一度会ったような印象も覚えた。
「具合が悪いの?」
高い声だ。口が動かなかった。心の中で「ちょっと体が動かないんだ」と呟くと、ふーんと言ってまた部屋の隅へ跳ねていった。
私は子供の背中に話し掛けた。
「きみ名前はなんて言うんだい」
「僕は……」
その後は返ってこなかった。
「何年生だい」
「三年生だよ」
やはり小学三年生だった。どこのクラスの生徒だろうか。思い出そうと頭の中でクラス写真を辿ってみる。すると思い掛けない所でこの子を見つけた。
解った。この子は昔の私だ。小学三年生の時のクラス写真に映った私にそっくりなのだ。
子供の頃の自分の背中を見ているのは不思議な気持ちがした。妙に愛くるしくもあった。子供の背中とは皆そうなのかもしれないが、私も同じだったのだ。
子供の私は机にあった万年筆で遊んでいた。ペン先を眺めてはメモ用紙に線を引き、不思議そうにインクの出所を見詰めていた。小学三年生だ。心が内に向かうことなど無さそうだ。私もこんな時分があったのだ。昔の自分の背中を見て、疲労を背負った今の私に気付く。
まぶたが段々と重くなってきた。視界が暗くすぼんでいく中、小さな顔の覗き込むのが見えた。
「おやすみなさーい」
幾ばくかして家内の起こす声が聞こえた。軽くなった体と共にいつもの朝を迎えた。