第96期 #8

死の舞踏

 菱形プールに張られた爪先にかかるくらいの水面には、桜の枝を凧糸でくくって作った十字架が夥しい数、浮かんでいた。
「懐かしいでしょ」ヒヤシンスの首に順々に鋏を入れていきながら院長は言った。
「僕はこの実習が一番嫌いだったんですよ。ちっとも浮かせられなかった」大量の房を桶に放り込みながら鋏を錆びさせてやろうと試みてみたが、美しい旋律を従えたあの言葉の連なりが集中を妨げてやはり発現域には達しなかった。「子供たちは」
「町の学校で普通の子たちと一緒に学んでるわ」首狩りのペースを落とす気はないようだ。「放課後ここを訪ねてくれる子もたくさんいるのよ」
「全施設の閉鎖が決定しました」と僕は努めて職員らしく告げた――日は陰り庭はヒヤシンスの首無し死体で埋め尽くされていた。
「では失礼します」と僕は言った。

「今も聞こえるのか」とエミールがソファに盛大にこぼしたビールを舐めとりながら言った。
「ああ」お互いにひどく酔っていた。
「いい曲なんだろ」
「天国にいるみたいだぜ」
「でも歌詞が最悪ってか」
「地獄だな」
「どんな言葉なんだ」
「たいした言葉じゃない」僕は自分の脳味噌を素手で掻き回すような気分で説明する語句を探した。「でも言葉にできない」
 僕はずっとヒヤシンスの房をいじっていた。すると切り口から茎が数センチ盛り上がり葉らしきものがほんの少し姿を現した。「おいおい、いいのか」
「トレーニングだと報告するさ」と呟いてエミールは豪勢に笑った。「人の頭を砕いたり手足を吹き飛ばしたりするより意義深いだろ」
「酷いのか」
「ハンバーガーが食えなくなってな」心底無念そうだった。「十時間後にはまたパンなしハンバーガーの世界だ」

 エミールの葬儀の帰り、僕はハンバーガーショップに立ち寄った。僕の食欲は旺盛だった。僕は今の生活に満足していた。頭の――内的宇宙のどこかで鳴り続けている、天国を望みながら魔王に苛まれるようなこの歌を取り除いてもらうのは簡単なことだった。しかし、エミールのように<テクニック>で人を殺すマシンになるのは御免だった。僕はエミールを軽蔑していた。それと同時に敬服してもいた。エミールもそうだろう。僕らは親友だったのだ。それがただの言葉でしかなくても。

 院長が死んだ。自分の首にあの鋏を入れて――人はどうしてあらゆる方法を使って死んでいくのだろう。待っていても死は迎えにきてくれるのに。

 僕はこの生活に満足している。



Copyright © 2010 三浦 / 編集: 短編