第96期 #22
美香は、携帯をいじってばかりいる田村の素っ気ない態度にもめげず、さも楽しそうに話し掛けるサキのいじらしい姿を見ていた。そのサキの肩越しに、拳にタコのあるジャージ姿の男が乱暴な気配を撒き散らしているのが見え、美香はサキから目を逸らして携帯をひらいた。
キーに置いた美香の親指の爪は、透明なマニキュアで滑らかにならされ、ぴかぴかに光ってとても綺麗に見えた。美香はサキの親指に目をはしらせた。サキはマニキュアを塗った爪の上に、小さくて色とりどりのストーンを形よく散りばめている。美香はサキに気取られないように親指を握り込んだ――美香の浅黒く焼けた肌はサキのふっくらとした白い肌と対称的だった。足の速さも力もサキに勝っていたが、サキの声や相槌、容姿をより良く見せる工夫に憧れを感じていた。
美香は相変わらず携帯をいじり続けている田村にメールを送った。
『いつまで携帯いじってるのよ』
それを見た田村は美香を一瞥し、薄く笑いながら再び携帯をいじり始めた。
『サキの気持ちに気付いてるんでしょ?』
田村はサキの肉体を通過する初めての男になるだろう、けれどもどうせすぐに懐かしい思い出に変化するのだ、それまでの役割を果たせ、と美香は思った。だが田村からの返信は『そういうのめんどう』という、あっさりとしたものだった。美香はテーブルに伏せて田村のスネを蹴飛ばした。サキが、その他大勢の一人に過ぎない田村に惹かれたことが、美香には理解できなかった。
美香の様子に何事かを感づいたサキは、目をひらいて微笑しながら美香を見つめた。美香はポテトをつまんでサキの口元に近付けた。サキが「あーん」と冗談めかして口を大きくひらくと、小さく整った歯並びの奥の、薄暗い咽頭のさらに奥深くに、ぬめって脈打つ内臓のひしめきを感じた。口元に伸ばした親指の爪が、腐ってしまった卵を割り捨てた後の濡れた指先と重なり、美香は慌てて目を伏せた。
「あ、美香のゆび」
サキはそう言ってマニキュアの塗られた美香の親指に触れた。
「美香の爪、つるつるしていてかわいいね」
サキのその言葉で美香は、この日はじめての笑顔を見せた。
美香の指をつまんで微笑むサキの姿を、拳ダコの男が見つめていた。男は先を噛み潰したストローを楊枝がわりにして歯をこそぎ、カップに残った氷を口にほうり込んでかみ砕いた。男が火のついた煙草をタコに当てると、肉が焦げて薄い煙が立ちのぼった。