第96期 #16

折合

 あ、カエル。カエルが目の前を横切ってってく。誰が頼んだんだカエルの串焼きなんて。
 ぼくは、居酒屋のボックス席に座っていた。金曜日の夜に大学時代の友人たちとお酒を飲んでいた。
 一昨日まで、カエルと恋愛していたのを思いだした。その子は本当はカオルというのだけれど、おばあちゃんからだけはカエルと呼ばれていた。一文字もじってカエルちゃんカエルちゃん。そのおばあちゃんはとっくに亡くなっている。ぼくがそれを真似してカエルと呼ぶと、他人から郷愁を突きさされるその快楽に、彼女はよろこぶのだった。下品にげらげら笑う人だった。
 ぼくの目の前に座る二人の男の友人は、珍しいカエルの脚の串焼きを手に持ち、はしゃぎだした。
「やめろぴょん。喰うなぴょん」
「焼かれたんだ。食われるのが本望だぴょん」
 ぼくは言った。
「その語尾はウサギだろうよ」
 ふざけ合いに水を差された二人はぼくを見つめた。
 ぼくの隣に座る女の友人が言った。
「そんなの気の持ちようじゃないのかな」
 ぼくは反論した。
「カエルはげこげこに決まってる」

 カエルと別れて二年経った頃、仕事で北関東の水田脇の国道を夕闇にまぎれて自動車で走行していた時のことだ。開け放った窓からカエルの鳴き声が輪になって聞こえてきていた。
 急速に当時のカエルとの思い出がよみがえってきた。
 ある朝に、一緒のベッドで目覚めた時に、カエルがこう言った。
「あなたが昨日食べてたショートケーキ食べたい」
 ぼくは耳を疑った。苺ショート? ぼくは昨日ショートケーキなど食べてはいないのだった。ぼくが食べていないと言うと、カエルは、怒りくるい、
「食べてたじゃない」
 と羽根まくらをぼくに叩きつけた。思うにその昨晩はセックスをしていなかった。その欲求の捌口をカエルは求めていたんじゃないのかと思う。実はショートケーキを食べていたのは、カエルが見た夢の中でのことらしい。
「夢見がちにもほどがある」ぼくはカエルをなじった。
「ごめんなさいぴょん」カエルはおどけた。ぼくは、ぶつのを堪えた。
「カエルは、げこげこ」
 これが別れた理由だった。

 畦道に車を停めて夜空を見あげる。束ね合わさって塊になった記憶から、自分の現在を正当化するための断片を引き抜き寄せて、折合わせた。
 いま、あの時「気の持ちよう」なんて誰にでも言えるその場しのぎを言った女と交際していて、こんなものかと納得する。
 そろそろ家にカエルぴょん。



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