第96期 #10

エルの終末

 気狂いのエル。奇妙な機械人形。普通の機械人形とは違う哀れな娘。だから見放された。仲間からは気狂いのエルと呼ばれている。

 荒廃したビル群の中にある道路を、一人の少女が素足でひたひたと歩いていた。雲間から注がれる陽光を柔肌に浴び、短めの髪と似合いの白いワンピースとを靡かせて。
 エルという名の少女は、歩きながらもきょろきょろと辺りを見回している。特に誰かを探している訳でもないが、彼女の爛々とした紅い瞳は常に渇いた好奇心で満ちていた。
 ――人気のない廃墟の街は未だ過去の残像を色濃く残している。まだ平和だった時代、人と機械が共存し文明を築いていた頃の。
 人は機械に心を与え、自由を奪った。そして戦争が起きて、世界は変わった。今では人も機械も僅か程――。
 ふとエルの足が止まる。彼女の前には機能を停止した地下鉄へと続く入口があった。
 エルは駆け寄ると、興味津々で入口を覗き込む。仄暗い闇へと続く生気のない階段。時折吹く風で塵が舞う。
 エルは手摺に触れながら、一歩ずつゆっくり階段を降り始めた。少し降りた所で、何か落ちているのに気づく。
 それは回転式の拳銃だった。エルは紅い目を輝かせながら、細い手で銃を拾う。瞬間、エルの中で電気が弾けた音と血流が逆行する様な感覚が湧き起こる。
 エルの眼前に、男の幻影があった。
 兵士の格好をした男は、心底疲れ果てたという面持ちで階段にへたり込んでいた。男は懐から煙草の箱を取り出す。残っているのは一本。男は最後の煙草に火を付けた。深く吸い込み、煙を吐く。
 煙草を咥えたまま、男はホルスターから銃を抜いた。エルが先程見つけた拳銃の銃口を、自分のこめかみに押し当てる。
 数瞬してから、男は引き金を引いた。
 エルの大きな紅い瞳に、人の脳漿と変色後の黒い血が映り込む。
 ――ビジョンはそこで終わりを告げた。
 エルの過去を見る力こそ、彼女が同類達から気狂いと呼ばれる由縁だった。機械の体を持つ者には到底起こりえない忌まわしき現象。その力は彼女の知能にも影響を与えていた。
 我に戻ったエルは、手の中にある銃を見つめた。優しく撫でた後、銃口を自分のこめかみに向ける。
 エルはそのまま引き金を引いた。
 ――破裂音はしなかった。
 彼女は不満げに頬を膨らませ、弾切れの拳銃を元の場所に置いた。それから階段を駆け上がって外へ出る。
 エルは眩しそうに微笑みを浮かべると、楽しげにスキップをした。



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