第95期 #9

空が真っ赤な朝でした。

『午前5時25分のニュースの時間になりました。皆さまおはようございます。では最初のニュースですが、本日を以って世界は滅亡します。乳を寄せて男に媚びを売る以外能がない癖に、やたらインテリぶりたがる、あの糞アナウンサーの好奇心が、アマテラス4号炉を臨界させやがったのです。××××! だから俺は言ったじゃないですか! クロイツフェルト・ヤコブの老人より脳味噌がスカスカなあの×××に、原子炉の取材なんか務まるはずないって! ××××! ××××!』

つけっぱなしの液晶テレビの向こうで、銀縁眼鏡のキャスターさんが声を荒らげて、ディレクターさん?の頭をマイクでぽこぽこ殴っています。
だらだら血が出ていて、とっても痛そうです。あのキャスターさん、知的で冷静な人だと思ってたけど、ちょっとだけ幻滅しちゃったかも?
リモコンを探したけれど、そういや昨日お隣さんと喧嘩した時に壊しちゃった事を思い出して。だって、手ごろな鈍器が無かったんですもの。だから私は、もぞもぞとお布団から這い出て、とりあえず、カーテンを開けてみたのです。

「わぁ」

空が真っ赤な朝でした。夕焼けぞらの、一番あざやかな色合いに、端の欠けたお月さまが薄く浮かんでいます。

『天気予報をお伝えします。晴れ時々原子雲。日本全国で突風警報が発令されています。この風はおよそ4700ミリシーベルトの放射線を含有しており、死亡率は約50%です』

どうしようもなくわくわくしたから。だってそうでしょう? こんなにも空が綺麗なんだから!
寝巻のまま、スリッパを引っかけて、私はアパートの階段をきゃははと駆け降りたのです。これほど気分がいい朝は、生まれて初めてかもしれません。

道路向かいの自販機に、500円玉を一個放り入れます。目覚めのコークの味わいは格別でした。ふふふんと上機嫌に鼻歌だって漏れるわけです。

『九州は既に全滅。ここ四国が屍の島となる時も近いでしょうが、しかし我々愛媛放送のクルーは最後の最後まで報道を続けます!』

そういやテレビ消してなかったなぁとか。人通り皆無な心地よい早朝の静寂を邪魔されて、ちょっとむぅとしますが、でも許してあげるのです。だってこんなにも空が赤いんですもの。
気分がいいついでに、お隣さんと仲直りしてあげてもいいかなとか閃いたり。手土産にはやっぱりコークよねとお釣りの中から硬貨を三枚つまみ上げて。

「あら、売り切れかしらん?」



Copyright © 2010 ボリス・チリキン / 編集: 短編