第95期 #8
昔々、人類がまだほんの子供だったころのお話です――。
与太な兄がおりまして、名前を与太郎、この与太郎にはさらに輪をかけて与太な弟・与次郎がおりました、という一席――。
「兄さん、兄さん、おれ、恋をした」
「そいつはたまげたな」
「キラキラ光ってた、フリフリ揺れていた」
「ぜんてえ、どこのどいつだ」
「それがわかんないんだよ。フッと消えてしまったよ。でも、好きだ、好きだあ!」
「そいつはてえへんだ。よし、おれが日本政府にかけあってやろう」
お役所仕事というのは、今も昔も相変わらずのようで――。
「日本政府の公式見解としては、隕石が落ちて火災となりそれはすでに鎮火したということです」
「弟が神社に参拝した時たまたま裏山が火事になり、見に行ったら、銀色の光の中に赤い帯をした女がいた。フッと消えたそうだ。あんた名前は?」
「市民生活相談課の斉藤と申します」
「で、弟の恋はどうなるんだ」
「さてそれは、なんとも――」
与次郎は恋病みで見る見るやせ衰え、虫の息になりました。
「これから日本は人口がどんどん減っていくんだ。というのも、この時代の政府が冷淡だからさ。若者の恋の話をしても、うんともすんとも言いやしねえ。まだしも、そんな恋愛許さんとか言ってたロミオ&ジュリエット時代のほうが懐かしいぐれえだよ、なにしろ関心がねえ、ぴくりとも動かねえ、死んだも同然だよ、この時代のこの国は。すまねえな、弟よ」
「おれはあの子が好きだよ。たとえ日本政府が認めなくても――」
「よし、兄ちゃんに任せろ」
そう言ったものの、この時代、宇宙人の存在を政府は隠しておりました。
北海道から沖縄まで、すべてのUFO研究家を訪ねて回る旅が始まりました――。
やがてお江戸は中央区日本橋にきたあたり、与太郎が面会したUFO研究家の自宅には先客がおりました。
「いったい、こんな辺鄙な惑星に不時着した途端に、うちのお嬢様が現地人に一目惚れときた。お嬢様は豪商の一人娘なんだよ。どんな相手だって選り取りみどりのところ、なぜか、ただただその男の人相を繰り返すだけで、床に伏されて日々やつれるばかり。ご両親のご心痛、いかばかりか。そこで番頭のおれが、この星この島の隅々まで探し回ってるんだが、この優男を知らないか?」
そう言って異星人が広げた写真が、与次郎だった――。
まだ、人類が異星間恋愛を禁止していた、西暦2010年夏のできことでございました。
お後がよろしいようで――。