第95期 #24

イワオの馬鹿

 愛すべき息子に「違和男」なんて名前をつけた親が、息子の将来にどんな願いを込めたのか。
 字面通りなら、その願いは見事に叶った。違和男は周囲に違和感を与えるだけにとどまらず、常に和を違える男だった。違和男がいるだけで秩序は乱れた。と言っても無法者なのではない。小学校の時、いじめはいけないと言ってクラス中から無視され、無視されるとPTAに訴え出た。とにかく正論を吐いてその都度孤立した。道ばたで他人を注意して殴られるなんて日常茶飯事だった。どこに行っても煙たがられ、進学も就職も順調にはいかなかった。
 違和男が町の小さな工場で働いていた時、悪い工員たちが強盗の計画を立てた。適当な嘘で騙された違和男も頭数に入れられ、彼らは大富豪から金を奪った。翌日大富豪の元に、違和男が金を返しに来た。違和男も逮捕されたが、大富豪は彼を擁護した上に、返却された金を全額寄贈した。
 工場長は違和男の率直で高潔なところを高く買っており、その金で選挙に出ろと勧めた。だが違和男は、町が殺風景だという住民の嘆きを聞き、金をばらまいて公園を作った。今度は工場長が嘆いたので、なんとか金を工面して衆院選に出た。公園を作ったことで知名度と支持を得て、違和男は当選した。
 違和男には聖域などなかった。どこにでも踏み込んで叩かれた。パフォーマンスと非難する向きもあったが、給料をごっそりコンビニの募金箱に入れようとして揉めていたところを、居合わせたマスコミが報道した。感心する者笑う者様々だったが、違和男は圧倒的な人気を得た。
 世論に押し上げられて違和男は総理大臣になった。政治家としては大胆さしか取り柄がなかったが、違和男を慕って集まった善意あるキレ者たちが、具体的な所を補ってくれた。
 そんなこんなで何度目かのノーベル平和賞を受賞した後、違和男は法案を提出した。国民投票の結果憲法が改正され、日本は王国になり、違和男は初代国王となった。並立する皇室との関係は多少の混乱を招いたが、問題はない。間もなく国連で全世界統一政府の設立が採択され、違和男はさらなる高みへ上るのだから。
「クックック……」
 世界を見下ろして違和男は笑った。歪めた口と細めた目は、不穏な夜の鋭い三日月を思わせた。和を違え続けてここまで来た世界の王は、今度は自らが定めた秩序を、破壊しようとしていた……。
 そういうことになってしまうから、子供の名前は慎重に考えよう。



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