第95期 #20

恋する妹はせつなくてお兄ちゃんを想うとすぐくるくるしちゃうの(ことばあそびに憑かれた男)

「生まれた時から待ってたの!」
 野原で回転する君の笑いと叫び。微風も頬に吹いてきて。天を君につられて仰ぐと。永久に浮かんでいて欲しい夏の雲。
「もっとこっちにおいでよ!」
 喜びかなしみオレンジワンピース。涼しげに君はいつの間にか遠く。苦しくって僕も追いかける。
「ルーレットみたい!」
 いつか見た光景に君がしゃがみ。見上げて花を指さし報告。
「くるくるー、ってなりそう!」
 うん、と苦笑。
「うん、確かにルーレットみたいだけど、それは時計草だよ。よく見て、文字盤と針に」
「にゃっ、時計だったんだね! ねぇ時計さん、間違えてごめんねぇ、くるくるー」
「ルーレットじゃないんだよ、くるくるって。て、しかもそれ反時計回り」
「りんは進むはいやなのぉ! お兄と一緒なら何度でも繰り返すから!」
 螺旋のように時針は悲痛に丸まり。りんは急に抱きつく。苦悩に心臓がくねり草の上に転がる。
「ルーレットも時計も何でもいい、ずっと待ってた。ただずっと、お兄と二人でいられる日、ね……」
 熱。つくりごと。戸惑と焦り。りんの急に大人びた声。艶なる息。気が体中を駆けた。たまらずりんを抱きしめ。目に眩し。褥に注ぐ天の陽の光。りんのにおいが背中から満ちる草のにおいにまじると。遠くで犬の声が。
「我慢して。天から見られてるから、私の名前を呼ばないで。でないとそこで終わっちゃう」
 頷く。苦しげに震える背中を両手でさすり。りんはここにいる。ルビーの活字で心に刻む。
「無理しちゃだめ、力を抜くんだ」
 黙ってりんは僕の肩にうずめていた顔を上げる。瑠璃色の瞳の奥。くるくる時計草が反時計回り。りんと僕はくちづけて。天は見てるだろう。生まれた時から。ララバイとエレジィ。今際の歌唄。ためらいフラジャイルそっと。時は夢の中。体は現実の続き。君と僕とは愛しあう。生まれた時から待っていた。






 黄昏に溺れる寝台に横臥。画家はもうこの病室を去った。大海を知らない少女の一輪を携えた姿を描き終えて。天上までサナトリウム文学は続く。朽ちかけた扉が開かれ。レンブラントの解剖学講義。銀色の死の影を医者たちが覗き込む。



夢幻の中か。
彼は五分で一周程度さっき映像化した幻を観ています。
凄まじい病だな。
なにしろ、覚めたくないくらい幸せで辛いんですから。



 来訪者が去るのにも気付かず眠る男。鼓動は窓の外に咲く彼女へ。永遠に外の世界まで巻き込んで続く。くるくるくる、一輪の時計草。



Copyright © 2010 笹帽子 / 編集: 短編