第95期 #19
夏休み、寮生活を送る三吉は久々に故郷に戻ってきました。村の人々は三吉を見て、あの悪戯っ子も高校二年生だとよ、町は時間も早く過ぎとるようだ、と噂しました。
三吉は川原を歩いていました。誰かが西瓜を冷やしていたら、食べてやろうと思っていました。
すると、川原の上で椅子に腰掛けて絵を描く男が居ました。シャツの裾や腕には絵の具が飛んでいます。後ろ姿から四十代半ば、と三吉は思いました。
「ばぁ」と言って三吉は男の顔を横から覗き込みました。男は驚いて、嫌な顔を見せました。
「なんだお前は」
「さんとこどっこい、どっこいしょの三吉だい」
「ははぁ、おもしろい奴だ」
「あんたは誰だい」
「俺はぶくぶく老いしげ、しげ垂れるの稲生様だ。おい、不出来な顔をした奴少し付いてこい」
稲生は藪の中へ入っていきました。三吉も一緒に付いていきました。幾らか歩くと、切り立った斜面にぽっかり空いた洞窟が現れました。
やや、こんな所に洞穴があったとは。三吉は興味津々に穴の中へ入っていきました。
中は暗く、外の光も届きません。手探りで進んでいくと、ぼんやりと灯りが見えてきました。
それは一本足の台に立つ蝋燭の灯りでした。隣には揺れる火に影を揺らす老人が座っていました。
「あんたは誰だい」
「わしは仙人だ。稲生はここに来ることを許しておるが、お前はなんだ」
「三吉様だい」
「こら、さっきと同じ挨拶をせんか」
「なんだこの小童は。なぜこいつを連れてきた」
「見込みのある奴だと思ったんですがね」
「全く詰まらん奴だ。見込み違いだな」
すると、どこから甲高い声が聞こえました。
「お前は詰まらん。それより大事な物をよこせ」
三吉が声の主を捜していると、蝋燭の火から火の精が現れました。
「おい、大事な物をよこせというのだ」
三吉はポケットを探りましたが何も出てきません。
「そうだ、これでもいいかい」
三吉はシャツを手繰り上げて、一本だけ伸びた臍の毛を抜いて火の精に差し出しました。
火の精は毛を受け取ると、ジジッと音を立てて食べてしまいました。そして幾つもの小さな火を生んで、輪を描きながら踊り始めました。
初めて見る火の舞に三吉は目を輝かせました。
「全く汚い物を見せられた代償だ」と言いつつ、仙人も満足げな表情を浮かべています。
稲生は紙と鉛筆を取り出し、「今年もこれで食ってける」と言って下手なスケッチを始めました。稲生の絵は毎年日本を幸せにします。