第94期 #19

フェンキュラング

 氷の国にある火山の多くは、千年も前から噴火を、順番付けられているごとく、続けている。国は極圏に近いが火山島である事も手伝って、大して寒くはならないが、冬は一面の氷に覆われる。
「ラキ」娘が呼び掛ける。鳳凰の娘である。美しいかんばせを持ち、人の姿をとった乙女である彼女は、ベッドの端で横になっている。
「カトラ」少年が言う。カトラを鏡映しにしたような少年であり、氷の息子でもある。彼もベッドの端、カトラと反対の位置に寝転がっている。
 二人はいつも、互いのかんばせを見て過ごす。
 カトラ火山は最も多くの噴火を経験した、国の象徴と呼ばれる峰で、火口付近には常に大量の灰が層を作っている。その中から鳳凰が生まれる。鳳凰は噴火が終わる度に飛び立ち、極地へと渡り、死骸となって国の砂浜に流れ着く。人々は炎の鳥を、丁重に葬る。
 ラキ火山は長きに渡って沈黙を守り続ける休火山。頂上近くから、季節によっては麓までが氷に包まれる。それが溶ける度生まれる氷の息子は、火山の熱に溶けて死ぬ。彼らもまた、祭司によって墓へ埋められる。
「ねえ、ラキ。あなたは私の鏡のよう」
「僕は、君の鏡」
 数十度の噴火を経て、灰の中から人間の姿をし、炎の血を持つ娘が生まれた。祭司は彼女をカトラと名付けた。
 同じくして、ラキ火山では鳳凰の娘に瓜二つの氷の息子が生まれた。王は何かの縁があると考え、二人を城に招いた。
 毎日、何も口にせず、二人は見つめ合っている。
「ラキ」
「カトラ」
「私はあなたの鏡でしょうか」
「僕が君の鏡なら、きっと」
「ずっと一緒にいられますか」
「氷の息子は長生き出来ないと聞く」
「ならば、溶け合う事は」
「それならば、きっと」
 手を繋ぐ二人。
「ねえ、ラキ。あなたを抱き締めたら、溶けてしまうかしら」
「そうだね、カトラ。僕は君の鏡。抱かれたら、壊れるだろう」
「許してくれますか」
「ああ、カトラ。僕が鏡であるのは、君のために存在するから」 
 ラキは、やがて、カトラを自分の元へ抱き寄せ、炎の唇に氷のそれを重ねる。彼の姿は炎に溶かされ段々と形を失って行き、とうとう灰色の水になる。
 カトラは、彼を何度も手の平に掬い、飲み干して行く。そうすると彼女の姿はラキかカトラか分からなくなる。炎の血は熱を失う。カトラの、ラキの、鏡同士の交わりは、水の娘を生む。
 カトラはその後、ラキと名を変え、火山が並ぶ島の中心へ入り、二度と姿を見せなかった。



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