第94期 #18

毛の抜けた男

 深夜の小学校の校庭だった。バスケットボールコートで男女が話をしていた。女は旅行鞄を持っていた。男は半袖のシャツを着ていた。
 女は言った。
「私は知っているよ。もう一度あなたはやり直したいと思っている」
「そんなことない」
「ばかね冗談よ。あなたはだらしのない男。チャンスがあったって、やり直そうなんて気ないわ」
「あの時と同じだ。俺はもう、あのゴールにシュートなんかできやしない」
 男はバスケットゴールを指差しながら言った。
「あなたはバスケやっていなかったじゃないの」
「学校の授業時間の範囲内での話さ」
 女は旅行鞄を開けた。中から写真のアルバムを取り出して男に見せた。
「懐かしい」
「あなた昔は毛深かった」
「今じゃこんなつるつるだ」
 男は女に前腕部を見せた。窓ガラスみたいだった。
「俺は人を裏切るたび毛が抜けるからね。こんなになっちゃった」
「髪の毛と眉毛とまつ毛だけは残っているのね」
「お目こぼしさ。ここ無かったら、見た目変だろ?」
 女はうふふふふふと笑った。
「それにこの方が、良いと思わないか? 毛なんかなくて、人間、良いのさ」
「でも、ちょっと物足りない」
 女は旅行鞄からバスケットボールを取り出した。
「このボール、あなたの二の腕にあてるじゃない?」
「痛い! 突然人に向かって投げるな」
「見た? 今のボールの動き。あなたの肌があんまりにも滑らかだから、つるりとすり抜けてあんな向うへ行ってしまった。
 もしもあなたが毛深いままだったら、あのボールはあなたの腕毛との摩擦で、すぐ足元に落ちていたかもしれない。そうしたらすぐにもう一度シュートを打てたんじゃない?」
「あてた角度の問題さ」
 男は向うへ行ったボールの元へと走り出した。
「見てろ」
 男はボールを拾い、ドリブルでゴール下まで運ぶ。そしてシュートの構えを取った。
「無理よ」
 女は右手を伸ばし、男のシュートを妨害した。ボールは男の足元に転がった。
「シュートするのばれてた。あなたの行動はいつもそう。思い切りは良いけど準備がへたっぴー。そして誰かに邪魔され信頼を裏切るの」
 男はゴール下に転がっていたボールを拾った。そしてシュートした。女の妨害はなかったが、フープにかすりもしなかった。
 男が言った。
「まあ、お互いにいい汗をかいたじゃないか。今晩はこれで良しとしようじゃないか」
「私はちっとも汗なんか、かいてないけど。仕方ないわ。まあ良しとしておいてあげるわ」



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