第94期 #17
中学時代の僕は、教室の隅で変な本ばかり読んでいた。そんな奴でも恋はする。だがそんな奴の恋は待っていても進展しないのが世の常で、卒業したらお粗末な妄想しか残らない。だから天体観測に誘うことにした。
「今夜裏山のてっぺんに来てくれへん?」
そこは僕が見つけた穴場だった。星を見るには最適だし、たとえ彼女が大声を出したところで以下略。
「えー、なんでー?」
彼女は眩しい笑顔で問い返してきた。途端に天体観測なんて甘ったるい響きと我が下半身が恥ずかしくなり、僕は小声でデタラメを言った。
「徳川の埋蔵金が埋まっとるかもしれんのや」
「ほんまに!?」
彼女の目が一段と美しく輝いたものだから、僕はデタラメにデタラメを重ねて話を長引かせた。もったいないことに、あまりその綺麗な瞳を見て話せなかった。
「ごめんなー、待った?」
約束通りに彼女は来てくれた。だがやたらひらひらしたスカートを履いているのはどういうわけなのか。
「あったー?」
五分おきに彼女は土がかからないように遠くから尋ねた。
「ないな」
僕は汗だくで穴を掘った。「汗だく」で「穴」を「ホる」とかなんとか考えていたが、彼女の声がすると、デタラメも下半身も穴に埋めて、後でちゃんと目を見て告白しようと思った。
上がるのに苦労するほど掘ったあたりで、ようやく彼女は飽きてくれた。一息つくとレジャーシートに並んで横たわり、夜空を見上げた。
「あれがデネブ、アルタイル、ベガ」
物知りアピールというより沈黙と緊張に耐えられなくて、僕は星空に三角形を描いた。
「え、どれ?」
「あの大きい十字わかる?」
「ていうか私、目ぇ悪いねん。ぼんやり光ってるなーくらいしかわからんねん」
そう言うと彼女は起き上がり、僕の顔を見下ろして、言葉をかける暇も与えずに鼻先が触れそうな距離まで顔を近づけた。心臓が破裂するほど脈打ち、僕は死を覚悟した。
「案外男前なんやね」
彼女は笑ったが、顔を離す気配がない。
――ニュー司、セラヴィ、い・か・せ・て……
国道沿いに乱立するラブホテルの看板が頭の中をぐるぐる回る。だがそもそもここは彼女が大声を出したところで以下略。
この先を話すことは残念ながらできない。邪推されても困るが、紙幅の都合だ。尻すぼみで申し訳ないから一つ打ち明けよう。ここは大阪ではないし、僕は彼女に出会ってからエセ関西弁を使い始めた。だが彼女が関西から来たという話は聞いたことがない。