第94期 #16

天野さんは弱かった

 単刀直入に言うと、私の初恋の人は小学校で同級生だった天野さんでした。長い黒髪をサラリと流し、廊下を歩いている姿を見たとき、つい一目ぼれしてしまいました。後日、彼女の名前が天野さんだということを知りました。クラス替えのときは、すぐに自分のクラス名簿から彼女の名前がないかと探したもので、出席番号1番に彼女の名前を確認したときには、内心飛び上がって喜んでいました。
 飛び上がって喜んだものでしたが、一緒のクラスになって初めて、彼女が少々異様であることに気付きました。
 どこが異様だったか、ということなのですが。とにかく彼女は、人とは違うことを言おうとするのです。クラス全体で係などを決めるときや、クラス会の出し物をどうするかなどのクラス全体での話し合いのときにはいつでも、彼女はなにかと異論を唱え続けて、正直話をややこしくしていました。
 そのため一部のクラスメート、特に男子からは煙たがれることも珍しくはなく、それが高じて彼女はクラス内で孤立してしまっているほどでした。以前からの彼女のクラスメートに聞くと、前のクラスでもずっとそうだったようです。それでも彼女は一切歩み寄ることはなく、クラス会議では事あるごとに異議を唱え続けていました。
 ある日、私は勇気を持って彼女に聞いてみました。どうしてそこまで頑なに人とは違うことを言おうとするのか、と。勇気とはいっても別に、好きな人と話しかけようとするときのものではなく、単に聞きづらいことを聞くという意味で。そのときにはすでに、好きだという感情よりも、疑問や心配の感情のほうが上回っていました。
 そして、そのときに返された言葉は、正直覚えてはいません。いませんが、その返答から、彼女の内包的な弱さを感じ取ったのだけはなんとなく覚えています。
 さて、話は少し変わりますが、この間クラスの同窓会に行ってきました。彼女も来ていました。もう『天野さん』ではなくなっていましたが。結婚して子供が生まれても、就職した会社でバリバリ働きながら子育てをしていたりと、以前と比べてずいぶん逞しくなっていました。あのとき垣間見えた弱さは見えず、すでに消え去っているようでした。
 そのときに、ふと思ったのです。彼女はもう天野さんじゃなくなったし、弱くもなくなったんだと。『天野弱』じゃなくなったんだと。

 名は体を表すという格言は、結構信じるほうです。



Copyright © 2010 謙悟 / 編集: 短編