第94期 #14

泡沫の夢

 今日も、何時もの様に残業をして、疲れた。実に疲れた……

 “もういっそ辞めてやろうかな”

 そんな思いを頭の中で呟き、酔っ払いと空席の電車に揺られ、暇なので、そこそこ好きな作家の本を流し読みする。家に着いた頃には、そんな思いは消えていた。

 “そこだ! そこだ! あー惜しいぃ” “今のは、マジで惜しかったよなぁ”

 家に入ると、良く知らない隣人とその友人の声が壁の向こうから響いてくる。

 五月蝿いなとか何かあったっけとぼやきながら、冷蔵庫からビールを一本取り出しながら思ったが、テレビのリモコンを行儀悪く、足で操作して、疑問が晴れた。

 “あぁ、サッカーで盛り上がってるんだったっけ……”

 開けたビールを一気に流し込んだ後、もう一本を持ち、スーツの上着を椅子に投げ出し、ベッドに転がる。
 シャワーを浴びるのも面倒くさければ、着替えるのも面倒くさい。割とどうでもいい事を頭の中でぶつくさ呟きながら、それも一気飲みして空になった缶をぶらぶら遊ばせながら横目でテレビを眺めていた。
 興味はないが、変えるのが面倒だし。

 気がつけば、目が閉じていた。何となく目を開けた時には、ベッドにうつ伏せで転がっていたはずなのにあお向けで、心地の良いぬるま湯の中をただ沈んでいた。

 そっと息を吐くと、まんまるな泡が一つ、浮かんでいった。
 あぁ、心地がいい、このまま沈んでいってしまいたい。沈んでいけば、どこへ行くのだろうかと考えるが、答えは出なかったし、何だかどうでも良かくなった。
 心地がいい、それだけで十分ではないだろうか? 
 もう一度そっと息を吐くとまたまんまるな泡が浮かんでいき、私の体はぬるま湯の中をただただ沈んでいく。
 泡を吐いても、その音すら聞こえない程に静かで、空虚なのに、居心地が良かった。目を閉じてもっとこの心地よさを感じたかった……のだけれど……

 ―ピピピピッ

 不快なベルの音。閉じた目を開けると、ベッドにうつ伏せに転がっていて、空き缶が床に転がっている。テレビからは、ニュースで日本が勝った事を告げていた。
 何だ、ただの夢か。目覚ましを止めて、頭の中で呟いて溜息を吐くが、泡はでなかった。
 夢から覚めたら現実で、頭をぼりぼりと?きながら、私は夢とは違う、何の変哲もない今日を始める事にした。



Copyright © 2010 雪篠女 / 編集: 短編