第93期 #26

スプロール

 家族が、涙を流しながら懇願する姿を想像しながら、ロシアの将校を連れて散歩しているような、横柄な気分の時のことだった。お詫びするのが得意でおわび大権現と呼ばれているお隣のお花の師範が言うことには、僕にはまだサディスティックが足りないのだそうだ。といっても、おわび大権現と呼んでいるのは当然ながら僕ら仲間内(小心者だからな、ふん)だけで、しかも仲間内といっても僕が勝手に僕の心の中だけで作った統合失調的に表れた僕の恋人、いつでも母性の象徴メーテルと頭の良いクシャナ妃殿下あわせたのが仲間内、という訳なんだけれども、ああ家族たちに土下座させたい本当に。
 二〇〇七年の秋と冬とは個人的な出来事で人生の調子を狂わされた時期だった。仕事は順調だった。初めてディレクションしたサイトのローンチを見守ったのだし。一方私事では、母の交通小事故、姉がマルチ商法詐欺に勧誘されるなど、細かいところでは大学の後輩に子供ができるなど、幸不幸清濁併せて綯い交ぜカオスだった。
 高校からの友人の奥さんが自殺したのもその頃の事件だった。逆様から話をすると今は二〇〇九年で、今友人の住んでいる団地の家に来て炬燵に対面で顔を突き合わせてはいるものの、友人とは年に一回会ったり会わなかったりの仲で、奥さんの葬式に参席した時に二言三言したのと、奥さんが自殺した直後にかかってきた電話で友人の自信に溢れたいつもの声を聞いていたのが記憶にあるくらいだ。
 そんな折、僕の姉が物理的に増えた。二人になった。翌日、三人になった。容姿も体型も同じだが性格は微妙に違った。ただいわゆる大量生産品の個別の洋服の縫製の違い程度なものなので、気に留める程のこっちゃない。
 翌朝、ロシアの将軍でも隣に連れているように、姉たち三人を連れて歩いた。大盤振舞いしたい気持で、タレントの加山雄三、森光子、小柳ルミ子のチーム編成で特別養護老人ホームを慰安訪問したい気分。
 姉と喋った。僕はこう言った。
「三人のうち二人はいらないんじゃないか」
 戸籍的にどう処理していいかも分からないし。僕は付け加えた。
 さらに僕は付け加えた。
「死ぬ理由ができて嬉しいんだろ。自分でも貴女は始終口にしていたよ『自分は生まれてこないほうが良かった人間だって』」
 姉たちは腕を振り上げた。叫んだ。腕を下ろした。
 ものすごいことをしようとした訳でもない。人を殺すことが悪いことだとは思えなかった。



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