第93期 #25

気になること

 最近ご主人のやっている事に興味が出てきた。
 私はそれを観察するためにこっそりと部屋の中に入る。物音を立てず注意を引かないように。
 こっそり、と言ったが別にやましいことがあるわけじゃない。
 それをやっているときのご主人は非常に真面目かつ真剣なためちょっとでも邪魔になるようなことはしないようにしているだけだ。
 部屋に入るといつもの定位置についてご主人の後姿を見つめる。
 とても大きな私の大好きな背中。
 静かにゆっくりと呼吸のリズムを刻むその背中にいつも見とれてしまう。
 大きな安心感と強い憧れを抱かせてくれる。
 不意にその背中が前方に沈み込んだ。
 同時に部屋全体に大きな鈍い音が響く。
 更に二度、三度。
 鈍い音は不規則なリズムを刻みながら絶え間なく続く。
 そして背中もそれに合わせて大きく揺れ動く。
 ご主人の目の前には大きな袋が吊るしてあった。
 サンドバッグといわれるそれは格闘家とか呼ばれる人たちが練習の時に使う物らしい。本物の人間相手に実際に殴ったり蹴ったりすると危ないため、代わりにあれを叩いて感覚を掴んだりすると聞いた。
 そして今やっているのはまさにそれだ。
 これをやっている時のご主人は凄く魅力的に見える。
 野性的で無駄のないその動き。
 私の知っている中でご主人が最も生き生きとしている時といっても過言ではない。
 サンドバッグを叩く音は次第に激しさを増し、それに伴い私の見つめる背中も動きを次第に激しくしていく。
 何でご主人はああやってただ殴るだけの行為に真剣になっているのだろう。
 あれをやり続ける事によって何か得になることがあるのだろうか。
 私は最近それが気になっていた。
 
 最後に一際大きな音を響かせご主人とサンドバッグは動きを止めた。
 休憩の時間だ。
 ゆっくりと近づいてその背中に声をかけた。
 ──ニャア
 その一声に気付いたご主人はゆっくりと振り向いて私の姿を見つめ、しゃがみ込んで頭を撫でてくれた。
 あんまりに気持ちいいのでつい目を細めて小さく唸ってしまう。
 ご主人はそれを続けながら──いつも見てるけどもしかしてやってみたいのか──なんて冗談めかして聞いてきた。
 やってみたいかどうかはともかく興味はあった。
 それをやり続ける先に何があるのか私にはまだ判らないから。
 でも残念ながら猫である限り出来そうにない。
 だからそんなことより、今はこうやって構ってくれてるほうがいいかな。



Copyright © 2010 篤間仁 / 編集: 短編