第93期 #16
息が白い。空気を吸い込んで思いっきり吐くと小さな雲が生まれて消える、なんだかとても美しかった。
私は、少し冷える学校の屋上にきていた。服が汚れないように敷物をして、仰向けに目を閉じて寝転がって、深呼吸。
もう一度、深呼吸。いつからか当たり前になっていた”都会”の空気とちがって澄んでいて胸がすーっとした。
ほんの少し時間をあけてから、ゆっくりと目をあけると広がるのは空に宝石箱をひっくり返したような星空。
昔は、ずっとみていた。当たり前の風景だったはずなのにいつから新鮮に感じるようになったのだろう。
昔はここにもたくさんの人が居た。ただ、皆、私のように都会にでて、過疎になって、澄んでいる人は随分と減った。
だからかもしれない、こんなにも空気が澄んでいると感じるのは。
毎日を雑踏の中で生きて、たまに子どもの頃に澄んでいた場所に戻ってくると心が安らぐ。
”あぁ、私はここで生きていたんだな”
そんな風に思う。少し手を伸ばせば通っていた頃に書いた相合傘。ちょっと恥ずかしい思い出だけど、でも素敵な思い出だと思う。
でも、もうここには帰って来れない、だからだろうか?この眼にうつる星空が滲んで見えるのは。
もうすぐダムに沈んでしまうらしい。忙しい中、少しだけ長い休みをもらえて還ってきて、母から聞かされた言葉。
新聞にものっていたらしい。とても小さな記事だから、気がつかなかったのかもしれないと、母は苦笑していた。
木登りをした山、泳いだり、魚をとったりした川。そして夜に忍び込んではよく見ていた、この星空。
その全ては水の中に消えてゆく。まるで泡沫の夢だったかのように。
そして私は明日、あの目まぐるしい喧騒の都会へとかえる。
星の見えない星空の元へかえる。
だから、心に焼き付けよう、忘れえぬ美しいこの星空とこの世界を。