# | 題名 | 作者 | 文字数 |
---|---|---|---|
1 | エージェント・イレブン 〜アンブレラは四度咲く〜 | アンデッド | 972 |
2 | 名付け親ゲーム | 朝野十字 | 1000 |
3 | 列車 | 庭野 梅 | 679 |
4 | 『綺羅』 | 石川楡井 | 1000 |
5 | 仕事が憎い今日この頃 | 名乗るほどでも… | 1000 |
6 | 雪 | 吉田佳織 | 906 |
7 | 終了宣言 | 岩砂塵 | 992 |
8 | せざく | 金武宗基 | 888 |
9 | 偽りの恋の色 | もここ | 790 |
10 | ども、武者小路実篤でーす | Revin | 996 |
11 | 『競作』 | 石瀬 醒 | 786 |
12 | 裏道 | さいたま わたる | 1000 |
13 | 赤い動機 | 近江舞子 | 1000 |
14 | バンド | わら | 1000 |
15 | ふとん幻想 | 彼岸堂 | 1000 |
16 | 白い雨 | 謙悟 | 999 |
17 | 夢。 | 仙棠青 | 1000 |
18 | 水面下の夢 | 壱倉柊 | 1000 |
19 | 閏年の僕 | マーシャ・ウェイン | 939 |
20 | ヘタなシャレは | えぬじぃ | 1000 |
21 | 海辺の六助 | 宇加谷 研一郎 | 1000 |
22 | 渚のオクラホマミキサ | クマの子 | 1000 |
23 | 脱走 | euReka | 988 |
24 | オレのセリフだ!! | おひるねX | 999 |
25 | 輪 | 高橋唯 | 999 |
26 | ビームズ | るるるぶ☆どっぐちゃん | 999 |
修行を終えた11が局に戻ると、局長Nから新たな任務が言い渡された。
「Nは男使いが荒い」資料に目をやり皮肉を零す。
「竹崎健という企業スパイから機密文書の奪還が今回の任務よ」
「簡単だ」
「頼むわね11」
11はウインクを放ち局長室を後にした。
廊下で僚友のテンが11に声をかけてきた。
「戻って早々任務かい」
「まあね」
「体には気をつける事だ」
馬糞みたいな奴。11は背を向けたまま手を振った。
11はベガスへ飛ぶ。カジノでマダム・マリと密通を交わした後、竹崎と会う為英国に戻る。
バイヤーに化けた11は高級バーで標的と対面した。
「Mr竹崎? ジョーンズ・ボイトです」
「お待ちしてましたよ11」
「?」
11の周りをムキムキ男達が取り囲んだ。
「これですね」竹崎が機密文書の巻物を見せびらかす。
「金は偉大だ。テン」
「テンだと?」
男達の間をかき分け半裸のテンが現れた。
「やぁ11。今日が君の命日だ」
「貴様!」
罠に嵌められた11。彼の得物であるR爺謹製の傘も入店時店員に渡していた。
「やっておしまい」
竹崎の声を合図に男達が襲いかかる。だがその瞬間、
「ファーー」
11が奇声をあげると無数の銃声が響き渡った。背中から引っ張り出した傘が彼の前で開き煙を吹いている。
「バカな!」叫ぶテン。背後から11の傘を取り出し彼に向けた。
そして傘を開く。
「残念。それは仕込み刀だ。こちらも弾切れだが」
言い終わった11が閉じた傘を投擲、テンの額に突き刺さった。
「己……私が直々にやってやる」竹崎が脇に置いてあった刀を抜く。「葉幻流皆伝者である私がな!」
刹那。二人のシルエットが交錯した。
「まさか……葉幻流秘術の隠し腕だと」
呻いたのは竹崎だった。
隠し腕とは。大便を固形化、操る事で第三の手とする秘術。実は11のズボンは尻にチャックも付いている。
隠し腕には別の傘が握られていた。
「葉幻流なら三日間の修行でマスターしたよ」
傘を開くと同時に竹崎は倒れ込み、爆散した。
*
「回収した後11は行方を眩ましたのね」Nが溜息をつく。
「マダムと休暇を取ると。心は女王陛下の物だが自分の傘は全ての女の物、それが奴の信条ですから」
Rがにこやかに報告した。
その頃、バミューダトライアングル沖に停泊するヨットでは。
「いやぁん、ジョーンズの傘すごぉい」
「よかろうもん。よかろうもん」
「今年の新人全員にあだ名をつけることにした」
毎度のことだが、先輩がまた何を言い出したのかまるでわからなかった。
「その前に洗井君のあだ名も考えておこう。ミッキー洗井。ドンドコ新之助。どっちがいい?」
「冗談のつもりかもしれませんが全く面白くないです」
「じゃあ、ドンドコ新之助ね」
新卒とは別に、事務アシスタントとして中途採用された29歳、佐橋佳代さんが私の部署に配属された。昼休み休憩室の隅で独りで弁当を食べてる佐橋さんに私は声をかけた。
「お疲れ様です」
「…………」
「仕事慣れました?」
「…………」
私はニッコリ微笑んでみたが、佐橋さんはうつむいたままサラダを食べ続けた。私は彼女を笑わせたい衝動に駆られたが、うまい手を思いつかなかった。
私は男なので、佐橋さんの黒目がちの瞳とか小さな手の指先とか、痩せすぎだけど形のよい胸、小柄だけど張り出した腰、スラリまっすぐな脚などを脳裏に焼き付けていった。
一方先輩は、エクセルに新入社員の勝手なあだ名を打ち込んでいった。先輩は違う部署なのにわざわざ佐橋さんに会いに来てコピーを頼んだ。
「隣の柿はよく客食う柿だ。生麦生米生タラちゃん。焼いたら死ぬやろ!」
先輩がそう言って書類を渡すと、佐橋さんは無言でコピーした。
その後も先輩は何度も彼女に会いに来てはあれこれ意味不明の挙動に及んだが、彼女はいつも冷静に自分の仕事に専念していた。
あるとき、普段は使わない部屋で先輩が書類を整理していて、緊急の仕事なので佐橋さんを貸してくれと頼まれ、彼女を先輩のいる部屋に案内すると、顔を白塗りにしてちょんまげをつけた先輩が振り返った。
「変なおじさん、変なおじさんっ!」
先輩は懸命に奇妙なダンスを踊ったが、佐橋さんは平静だった。
先輩は「プウ」とつぶやいて自分の尻に当てた手を鼻先に持ってきて匂いをかぐしぐさを繰り返した。
佐橋さんは書類を受け取り無言で出て行ったのだけれども、去り際にとうとう一瞬フッと微笑んだ。桜の花が開いた瞬間を目撃したような感動があった。
お笑いはユーモア、ユーモアの語源はヒューマン……先輩の奇妙な行動のテーマ、このたわいないストーリーの裏に隠された真の意味は――。
そんな私の思考を遮るかのように先輩が話しかけてきた。
「ああいう特徴のない貧乏くさい女が一番面倒なんだ。でも今のでようやく思いついた」
先輩は非常に満足そうに私にうなづいた。
「彼女のあだ名は、スジャータ幸子」
列車の中は閑散としていた。口を半開きにし、だらしなく眠っている背広の中年。ボックス席で談話している、着物の老婦人達。落ち着きなく、あたりをキョロキョロと見回している子供と、夢中で携帯電話を操作する若い母親。それは、数年前となんら変わりの無い風景であった。数年という月日は劇的な変化をもたらさない物なのだと、私は懐かしさと共に、少々の失望を感じた。
カバンから文庫を取り出し、しおりの刺さったページを開く。どこの行まで読んだのか失念した私は、そのページを最初から読み始めた。車掌が、次の駅の名をアナウンスする。ふと窓の外に目をやると、無人駅にぽつんと、一人の女学生が立っていた。黒い学生鞄に、深い紺色のブレザー姿のその少女は、肩まで伸びた黒い髪を列車の風に揺らし、どこか悲壮な面持ちで、ぼうっと白線を眺めていた。
ブザーが鳴り、ドアが開く。少女は私の真向かいに座った。私は幼児のような好奇心に囚われ、その少女を観察した。貧血気味な白い肌、袖から伸びる華奢な指、あどけない容姿とは裏腹に、女としての妖艶さが、そこには確かに芽吹いていた。電車が動き始めると、少女は静かに俯いた。そして、列車の騒音の隙間から、木々のざわめきのような、か細い声が漏れ出してきた。
少女は泣いていた。
垂れた前髪の隙間から、長いまつげがキラキラと輝いている。膝の上に置かれた手の甲には涙がにじみ、指先は徐々に赤みがましていった。その光景は、過ぎ去った月日の残酷さを、まざまざと見せつけるものであり、なんともいえない物悲しさで、私の胸中を襲うものであった。
私は静かに、文庫に目を移した。
帰宅途中に、県道の交差点で野良猫を轢いた時、光が芽生えた。血糊に塗れた肢を放って、八十度曲がった首の付け根から玩具のような脊柱が飛び出していた。夜なので、見えなかった。ヘッドライトにその姿が浮かんだとき、ブレーキを踏むのを忘れた。
ここいらで野良猫が繁殖し、事故が多発していることは知っていた。でもまさか自分が轢いてしまうとは。轢死体の猫の懐に、光が芽生えた。怖ろしくなって家路に着いた。
一週間後である。長引いた残業に疲れ、無心で車を走らせていると、眼前に光が溢れた。先日、猫を轢いたあの交差点である。一瞬、光の中を何かが横切り、次いでタイヤが何かに乗り上げる感触があった。運転席を出、車の後方二メートルのところに猫を見つける。黒ぶちの仔猫。張り裂けた腹の皮膚の隙間から光芒が洩れていた。
一ヵ月後、また轢いた。フロントガラスに映りこんだ姿は、ランドセルを背負った女子児童だった。ボンネットで跳ね、小さな身体が宙を旋回したとき、見開かれた円らな双眸から血の涙と、幾筋もの光の粒子が靡いているのが見えた。
ああ、いけない。
車を降り、地に伏した亡骸を見下ろしながら、彼女の首筋から流れ出る血液が、瞬く間に黒いアスファルトを浸していくことに慄いた。捲れ上がったスカートの陰に、桃色のパンツ。小ぶりの尻も血で薄汚れていた。未熟な太腿は心なしか躍動していて、か細い呻き声が聞こえる。ゆっくり首筋に触れる。幼女の肌触りの中に、今こそ死に絶えるであろう冷ややかさを感じた。持ち帰ろう、そう決意したのはすぐ後だった。
亡骸を家に運び、事切れた幼女を裸にさせ、汚れた衣服をナイロン袋に仕舞った。幼女の裸体は命失った後でも瑩然とした輝きを放っていた。奇妙に歪んだ彼女の身体を擦っていると、途端に欲情を覚え、陰毛も生え揃わぬ艶かしい股の割れ目に指を触れると、指先が光で濡れた。彼女の代わりに喘ぎながら、堪えきれなくなって、閉塞感剥き出しの幼い体内に射精した。すると、飛び散った精液が彼女の唇に触れ、光の煙が棚引いた。忽ち爽快になりぱっと目を開けば、周囲は眩き光が包み、乗用車のフロントガラスが目の前に現れた途端に衝撃を受け、宙を飛び、地面に落ちたのち、じわりと、全身の感覚を鈍痛が奪う。
眼前に広がる空には綺羅とした星々。覗き込んできたのは、轢いた上に犯した幼女の愛くるしい笑みで、幼女は夜闇の中で、みゃあと鳴いた。
憎い…嗚呼憎い。朝日が憎い。騒がしく鳴り響く目覚ましが憎い。きれいにストライプにならない歯磨き粉が憎い。目覚ましテレビが爽やかで憎い。満員の通勤電車が憎い。有象無象の生徒が憎い。無愛想な高見の見物で嫌味な学年主任が憎い。高見の見物で禿げているお小言言う教頭が憎い。白髪交じりのにこやかな高見の見物の校長が憎い。
とにかく憎い、嗚呼憎い。どうしてくれよう、この恨み、この憎しみを、誰が理解出来よう。引きこもり?一生そうして橋の下で暮らせ!イジメ?アルカトラズに押し込めてくれてやる!テスト?誰が作ると思ってやがるんだ!問題ばかりが毎日沸いてくる…クソクソクソ!
毎日毎日毎日毎日毎日、クソがクソな有象無象と高見の見物かますクソ共の中で働く。新任のクソが教育論を語る。手前に変えられる有象無象だと思ってやがるのか!クソの分際で顔が良いから人気で有頂天かよクソ…。
膨大に積み上がる資料はこなさなければならない仕事、ゴミ箱に入る仕事は終わった仕事。大量に積み上がる仕事に溺れているなか、クソが職員室の扉を開けてやってきた。
「先生…迷い猫が教室にいます」
俺は便利屋でも無ければ、勿論猫の世話係でもない。クソ共の先生だ。クソ共のテストを作るのが、どれだけ面倒だと思ってやがる!
「…わかった、先生も後から教室に行くから、あまり刺激しないように」
「はい、先生」
そう言いクソ共は出て行く。俺がクソ共の先生である限り逃れられない運命だ。高三にもなってその対応力で社会で生きて行けるのか?畜生は噛みつきもしない、だがしかしクソ共はクソな担任教師に報告に来る。期末の準備に追われるなかを、わざわざ報告にやって来る。たかが畜生ごときで…だ。
嗚呼、仕事が憎い。社会が憎い。世界が憎い。全てが憎い。それでも何も変えることの出来ない自分が一番憎い。
教室に行くと薄汚れた畜生が教壇の上に丸まって、窓から差し込む日差しを浴びながら眠っていた。
ちくしょう!畜生の為に追われる時間を割いて来て、畜生は居心地良く眠っていた。
「ちくしょう…」
つぶやきが喉から漏れる。自分が選んだ道だから、尚更憎かった。何もかもが救われない。それでも何も変えられない。それだけが事実だった。畜生の首根っこを掴みグラウンドに出た。
「行けよ!お前は自由でいれば良いだろ…俺にはここがお似合いだ」
畜生は俺の顔を不思議そうに…ただ、じっと見つめていた。
子供の頃、電子レンジが怖かった。あんなにホカホカに温まるのだからきっと熱いはずと、お皿を持つことが怖かった。「熱くない」と言われて、触ってみて初めて驚いた。子供の頃の思い出。
そんな思い出を、一人で夜中ホットミルクを飲みながら思い出した。温かいカップに、冷たいミルク。あの頃の思い出と全く逆のシチュエーション。
ミルクを温め直しながら、電子レンジは偉大だとつくづく思った。もし今震災が起こっても、電子レンジと一緒なら生き抜けるかもしれない。
すっかり温まったホットミルクを飲みながら、でも台所は寒いからやっぱり嫌だなと思い直す。そうして、阪神大震災も確か一月だったよなと思い出した。
私はたったの五才。布団をがんがんに被されて、その重みで目が覚めた。あの時目を覚ましてきたのは、兄妹の中でも私だけだったらしいと後に聞いた。
ほう、と息を吐いて、どうしてそもそもホットミルクなんて飲もうと思ったのかを考えた。
寝付けなかったわけじゃない。寒かったけど、いつもは寒くてもじっと布団で暖まるのを待っている。
そもそも私は牛乳なんて滅多に買わないことを思い出した。
ホワイトソースを作ろうかと思って、牛乳を買ってきたんだっけ…。それからケーキも焼こうかと思っていた。もうしばらくすると、友達の誕生日だから…。
つらつらと考えているうちにホットミルクも底をついた。
寝よう。
そう思って、冷たい水でまだぬるいカップを洗った。水を切って、フックに引っ掛ける。
すっと顔をあげてみて驚いた。
雪…。
私の頭に夕方のニュースが蘇った。
「明日は寒くなりそうですね」
「ええ。北部南部ともに、今日の夜から明日朝にかけて、雪がちらつきそうです」
そんなニュースだった。それを見て、単純な私の頭は、雪イコール白イコール牛乳という式を弾き出したのだろう。
今日はホットミルクを飲もう。
それは、そのニュースを見ながら思ったことだった。そうしてホットミルク、ホットミルクとそれだけを頭に刻みつけたのだ。
なるほどね。
独り合点をして、寝ようと台所を後にする。怖くないように、私の去る後から電気を消して。そうして全部の電気を消して、私は眠りに着いた。
「お客様はもう神様じゃないって言われても、ねえ?」
朝の覚醒しきっていない体を刺激するように、テレビからは元気な司会者の声が聞こえてくる。今朝はちょっと変わったニュースが入ってきたようだ。解説者も身を乗り出して熱く語っている。昨晩遅くに総理大臣が『お客様は神様である』という観念の終了宣言を出したようだ。
テレビではこれからの接客業界がどうなるかという予想合戦が展開されている。服を着替え、整髪もそこそこに、僕は近くのファミリーレストランに行ってみることにした。
自動ドアが開き、足を踏み入れると店内に来客を知らせるベルの音が鳴り響いた。しかし、「いらっしゃいませ」の声が聞こえてくることはなかった。モーニングの忙しい時間帯なのだろうと店内を見渡したが、客の姿はまばらだった。司会者の言葉を思い出しながら、僕はカウンター席に腰を下ろした。テーブルの上に無造作に置かれたメニューを眺めていると、やがて女性店員が水とおしぼりを持ってきた。
「コーヒーとこのBセットください。」
「…はい。」
大学生らしき店員は愛想笑いを浮かべることもなく去っていった。たしかに今の接客は微妙だな。そう思いながら店員の背中を目で追って行くと、喫煙席に男性店員の姿を見つけた。なにやら客と親しげに話している。
「まじでステーキっすか。」
壁に寄りかかり腕まで組んでいる。キッチンの方からは笑い声も聞こえてくる。ここまで変わるものかと驚いてしまう。他の客も同じ気持ちのようだ。
その時、新人らしき店員がコーヒーを運んできた。
「お待たせしました。ホットコーヒーで…ああっ。」
コーヒーはカップの淵ぎりぎりまで入っていたようで、テーブルに置く際にカップからこぼれてしまった。熱いコーヒーが僕に襲いかかることはなかったが、ソーサーはコーヒーで満たされていた。
「大変失礼しました!すぐにお取替えいたします。」
顔を真っ赤にして何度も謝る姿に思わず笑みがこぼれた。
新しいコーヒーが来るのを待っている間、目を通した朝刊には総理の出した声明が書かれていた。
『明日よりお客様は神様ですという観念は終了いたします。これからは、商売においても一人の人間として尊重しあい、今日の困難な状況下において、国民全員で支えあっていきましょう。』
経済や食料問題は多々あれど、これからのこの国、いや、あの新人店員の行く末はなかなかおもしろいものになりそうだ。
尼たりゆかばしに
をとさめりをり
[欽呈35式巻68]
比丘尼による葬列が約40メートル、
あまつさえ、リオのカニバル(人肉)様相。
うたつもの、へうげるもの、さもくもの、うけはようもの、たもつもの、さようもの、
ありとあらゆる悶定様式の変容形が腐って、甘い匂いが、滴る。
時に、甚容7。
抹茶香木薄木に晴れ着。
民にきされば上折り7代。
下掛け3代陽明陰徳。
人馬に骨身が染み至り、
されば蟹食い、
よしにてかたま、
こんな時世句が流れておりました。
とてー
「祥五郎 や」
「 はい 母上」
「 」
「 はい、 っております 」
「 ‥ …」
祥五郎の母女にて、この方、別件14の産み、祥五郎14歳。
抜き荷木更津八丁手形、三城にやえらずこのしがた。
いずこー
「八重」
「はい」
「 はい」
獄門城にて内乱の
きにさてをへり
きにさてをわり
きにさてー
たぽーん
たん たぽーん
ぴぃ ふぅぃうぃ ぴぃ
とに、とにあらず
とかくして
とてに てにをや
やに やをわ
まかへにあらず
ここ きたり
まにや あまにや
才蓮丞 記
Ё ボルケーノ による 各連五重奏 葬
[告舌]
たぽーん
たん
たたたん た たぽ たん た たた
しゃっ
た つ つた たっ
同時刻
maelhfino桟橋
(山関堰)
ぎぎ〜い、 ばっしょっ!!
ケアンズ、早朝。
モルビデオリ、スカルニ、そして
甚平。
曰わくー
「えたまってまあ、ぞんでん、わやなっちゃんち、
たいね〜!!」
みかんは ない時代で みかんの花 など 咲いてはいなかった。
山脈が青い とか 誰も
等。 記別、
定業なっての御いし、
不定業。
紋別、霧雨いし、
去りとて善神、ホウボウ、ホッケ、タチウオ。
第六、ハラミツ、諸ヨ 甚 ヒダイ
傷にあらずんば、叩いて出だし、くろがねよりは。
かっぽれ! かっぽれー!!
ア、 モレーノ!!
ミ アモーレノ!
せざく、せざ〜くぅ〜!!
ジニ シャンパニ キニ バニスタン!
八重、
はい!
「せえのお、たっぽお〜ん!!!」
―ねぇ、知ってる?黄昏の本当の意味…―
―夕暮れなんかじゃないんだよ?―
「え!?これどう言うこと!?」
目の前にいる男女二人に動揺する千尋。
「黙っててごめん!!」
最近学校を休み続けていた親友の梓。
その隣にいるのは私の元彼…。
梓が休んでいた理由は直ぐわかった。
(梓、妊娠してる…)
「何で?…」
「俺らの子供」
彼女の困惑の言葉は無視するような、噛み合わない会話。
「ごめん…千尋」
「いいよ?わかった、京はあたしの事好きじゃなかったんだよ」
今にも泣きそうな心を閉ざし笑顔で返す。
こんな静寂辛すぎる…。
ここから逃げないと心が潰れる。
◇◇◇◇◇
逃げた。
重みから、痛みから。全てから。
どうして?京はそんな人じゃない。私の好きな人だもん。
信じたい。
まだ好き。
学校帰り、綺麗な夕暮れの色に染まる千尋の影は暗く真っ黒だった…
{{話したい、いつものとこで待ってる}}
足の向かう方は、いつもの場所。
◇◇◇◇◇
「千尋…」
公園のベンチに座る二人の男女の会話。
「俺、今でもお前のこと好きだ、お前以上に」
「嘘だ…」
本当は嬉しい。でも信じたくても信じるのが怖い。
少しの静寂…
「流産させる気でいる…」
「え?」
彼女はそのあとすべての理由を聞いた。
梓が京を好きで、京を騙して一夜を過ごしたこと。
全て。
別に梓を責める気はない。今は嬉しくて、嬉しくて…
◇◇◇◇◇
「京ッ…」
暗闇。暗い。
京の顔も見えない。
―知ってる?たそがれの意味―
「千尋…愛してるから…」
いつもの京じゃない…?
―夜暗くて、人の区別がつかない時間帯だから―
「どうしたの?京…何か、変…」
震えた声で言うその言葉はどこか恐れているようでもあった。
「…お前は嫉妬も何もしないのかよ!!」
怒ってる。
でも、それ以上は何も言わなかった。ただ私に気持ちを伝えてくれる。京の体をつたって…。
―「誰そ、彼」それが黄昏―
黄昏の色は夕日の色なんかじゃない。
黄色でもない。
真っ暗な色だった…
社内の人間がどういう従属関係にあるのか最後まで全く分かんなかった音楽系映像会社のバイトをクビになり金がないので、道に落ちている吸殻をマジで拾って再点火しちゃってロシアン間接キスしながら新代田を歩いてたら、いきなり異次元への扉が目の前に現れやがって間違えて入ったのね。そしたらクロノトリガーの裁判してたとこみたいな場所に出て、俺より十ぐらい年下の女の子がファンタジーな格好して俺の前に立ってんの。周りではプゲラゲラ笑ってたりため息ついたりしてる大人がいっぱい、判事みたいなフォーメーションで座っててさ、えらく年齢差のあるいじめの現場だと思ったね。
そこで俺、ピンと来て、この娘、ルイズじゃね?『ゼロの使い魔』の。やべえ、俺、最新刊までぜんぶ読んでるんだよ。ルイズが目の前に居んだぜ。ウルトラ動揺だよ。マジどうしたらいいの?サインもらうっておかしいだろ?大体、この娘がルイズで俺が才人だったら、今、メッチャ疎まれてる状態なんだよ。俺は召喚失敗の結果なんだから。つか俺の名前は武者小路実篤であって平賀才人じゃねーし。
もう訳わかんなくなったんで、俺は踊ったんだよ。右手で指パッチン刻んで、口笛吹きながら、タップダンスをやったんだよ。I love the moss eternally〜♪そしたらルイズは怒ったよ。曰く「あんた、何してんのよ」。何をしてるかって、そりゃダンスをしてんだよ。ダンスは表現の一形態で、人間がリズムを伴って身体を動かすことによって成立する。音楽を用いて行なわれることが多い。訳語は舞踊。坪内逍遥が初めて使われたといわれている。
そこで目が覚めたんだ。俺はワゴンカート星人に連れ去られて宇宙船の中に居た。ワームホールを利用した長距離ワープの最中だったが、宿敵のパラレルゴーヤ星人が緊急戦争をしかけてきたので俺も駆り出され、肩甲骨を折り全治三カ月の命だった。退院後、俺は殊勲恩赦により帰星しメキシコで探偵になり、さかさまmp3プレイヤー殺人事件を解決して世界長者番付で88位にランクインしてしまった。
目が覚めたらルイズが泣きそうな顔が目の前にあった。「心配したのよ、ばかっ!」の一言で俺はボッキンキーン!しかしラノベルールにより俺は実際の勃起はおろか、地の文でそれを描写することもはばかられた。しかしそんなのは書きようの問題なので『朝の生理現象』などと捻じ込んだが夜だった。
『「佐野先輩とショートショートの競作をするんだって?」
箕輪英太郎が聞いてきた。
「そうだけど・・・それが何か?」
「やめときなよ」
箕輪は心配そうな顔で続ける。
「明石さん、潰されちゃうよ」
深刻そのものの彼の口調に、わたしは噴き出しそうになった。
「潰されるって、何よ。文学の競作よ、格闘技じゃないんだから」
「そうなんだけど、何ていうか、佐野先輩は特別なんだよ」
適当に手をひらひらさせて、わたしはその話を終わらせた。
佐野先輩と競作をすると決まってから、この手の忠告?警告?を何度も受けた。
なんでも、佐野先輩は今までに幾人もの競作相手を『再起不能』にしているという。
話し手は常に真剣に、恐怖におののきつつ、といった様子でわたしにそう語るのだが、わたしは毎回辛うじて噴き出すのをこらえてそれを聞いた。
元々わたしはどちらが上手いか勝負をつけよう、などという気持ちで競作するわけではない。だから、佐野先輩がどんなものを書いてこようとそれ で打ちのめされるという事など無い。
それに…、先輩の作品は幾つか読んでいたが、読み易く引き込まれる文章ではあるものの、正直、“文学”では無いと思っていた。
ヒネリの利いた、ブラックな味の娯楽作品。
面白い読み物ではあっても、それだけ。
私のように、形にならない生の感覚を表現しようとする“文学”作品とは、始めから違うものなのだ。
周囲の目に、先輩の“勝ち”と映ろうが、私にはちっとも構わない。
何故なら、私の気持ちを一番分かっているのが私である以上、私にとって最高の作品は常に私の作品なのだから…』
佐野誠吾の作品『競作』をここまで読んだ時、明石理恵子は文学部部誌を床に取り落としてしまった。
軽い眩暈を感じてよろめいた明石の肩を、誰かが支えた。
「大丈夫かい?」
明石の顔を心配そうに覗き込んだのは、佐野だった。
「心配だよ。僕には、君の気持ちが痛いほど分かるから」
私が知ったからって、世界がどうこうなるわけではないってことは、十分わかってるのだけれど、それでもナントカ先生を頼りにしたり、ろくに使いもしない裏技を集めてしまう自分を客観視すると、その姿はいかにもサルの末裔っぽくって、頬の引き攣りを抑えるのが困難になる。
他人と違うということは、個性と呼ばれると知りつつも、気づけば没個性でいたいと願う私も常にどこかで存在していて、外の世界と折り合いをつけ、ヤジロ兵衛のようにバランスをとろうとしている自分というものが、ある時は疎ましく、またある時は際限なく愛しい。そうして、この腹立たしくも甘美な感情を伝えるべき相手は、とうとう現れることはなかった。
薄暮の墓地の片隅で、冷たさをとうに過ぎ、感覚のなくなった指先が、まるで私とは別の意志をもつ生き物のように、つくりものの世界で存在し続けるための活動をやめようとしない。全世界を照らすバックライトは、未来への入り口であると同時に、二度と通ることの許されぬ奥津城の門、それでも面と向かい合っているつもりで、誰かを傷つけ、誰かに中傷され、そして逃げ場のないゲンジツに突然引きずり戻される恐怖が、私の体温をどんどんと奪い去っていく。
勇気を持て。まだ君は何もしていないのだ云々、と通りすがりの誰かが私の耳元で囁く。その言葉を真に受け、一歩前へ踏み出そうとすると、頭文字の某が私の肩を叩き、人生はすべからく思いつきで、ある日突然悟りが天から降ってくる前にまず何を思いつくべきかをよく考えるよう諭してくれる。別の誰かは、生きていれば自ずと幸不幸保存の法則が働き、今はハンチクでもそのうち何とかなるものさと嘯いてくれる。ハンチクって何? と私が聞いたとき、それはハンカチのような薄っぺらなものだと、そう冗談めかしたのは誰だったか。
ずいぶんと長い間ひとりだった気もするし、多くのひとに囲まれていたようにも感じるけれど、ひとたび瞼を下ろしてしまうと忽ち意識は混濁し、分厚い鉛の壁に覆われたシェルターへ引き戻される。そうして、私を避け続ける父、恨み言ばかりの母に対する当てつけと、自分で自身の存在価値を推し量るためそっと死んでみたのが先週の日曜日。
ああ。もっとにぎやかな場所にしたらよかった。
蛆が湧き、日に日に私のからだを蝕んでいく。
ウジムシども、私に集るな、と叫びたいのだが、死んでいるのでさすがにそれは無理なのであった。
夕方、いつものように世話をしている狭い庭に咲く大切に育てた薔薇が何者かに手折られていたことに気が付いた男は、刹那に目が血走った。
男は視野が狭かった。ところが、矛先は犯人へと向かわなかった。やぶれかぶれになって誰でもいいから殺してやろうと思った。稀代の殺人犯になって名を残してやる。
ただそうしたとき、犯罪者となった自分の両親が不憫でならないと思った男はまず先に、両親を殺すことにした。だが、その前にやることがある。
ありったけのお金を口座から引き出してDior hommeでスーツ、シャツ、ネクタイ、革靴、ベルト、そしてブーツとすべてを揃えて身を固め、万全の盛装をし家に帰る。
深夜、寝ている両親を包丁で次々に殺した。死に顔は醜かったので、一瞥しただけで部屋を去った。
血まみれになった男は、はたと気づく。隣の市に住む姉の一家にも迷惑がかかる。焦った男は、運転免許がないので深夜に自転車を目一杯漕いで姉の一家が住む土地へ急いだ。窓ガラスを割って家に侵入し、姉と義兄、その子らをぐさりと刺していく。服はいよいよ血に染まりきり、赤一色。
そこで、また気が付く。今度は田舎に住む祖母に迷惑がかかると思った男は、今度は明け方にタクシーを捕まえて、祖母の住む山の里に向かう。ちょうど早起きしていた祖母に鉢合わせたが、挨拶を交わす前にあっという間に一突き。床の上には血の海が広がる。一仕事終えた男は外に出て朝焼けを背にしてタバコを吸った。
さてさて、男にはまだある思いが浮かんだ。会社にも迷惑がかかる、と。そこで出社するなり椅子にかけていた上司を殺した。
しかし、いよいよそこで周りに取り押されとうとう捕まった。
警察に連行された男は、「むしゃくしゃしてやった」、「誰でもよかった」という常套句を吐いた。どうせ薔薇の美を解さない下賎な野郎に、自分の犯行動機を理解される筈もないと思ったからだった。だが、取調べの警察官は納得しなかった。親族や上司という身近な人ばかり連続で殺しておいて、怨恨がないとは信じなかった。
「恨みがあったんだろう?」
そう尋ねたが、男の答えは変わらず壊れた機械のように同じ言葉を繰り返したのみ。反省の色は一つも見せずに。
当然、男は死刑が言い渡された。
「最後に言うことはないか?」
断頭台に上がった男は、目に涙を溜めて謝罪の言葉を吐いた。
「薔薇に謝りたい。ひとりぼっちにさせてすまない」
「ケチャケチャケチャケチャ!」
移動教室帰りの渡り廊下で男子が騒いでいた。翔太は加わらず、遅れて歩いていた。さっき見たケチャの映像に、歌う男たちとバリ島の夕日に圧倒されていたのだ。
ふと目を遣ると、駐輪場にギターケースを背負った崇の姿があった。翔太は崇とバンドを組んでいて、この後スタジオに入る。不意に暗い気持ちに囚われた。
「音楽か」
再びケチャを思い出して、翔太は呟いた。
「なあ、最近お前ら何かあった?」
スタジオのロビー。崇は雑誌をめくりながら尋ねた。彰久も薫も仏頂面で押し黙っている。翔太はまだ来ていない。崇は舌打ちを残してトイレに去った。薫は見送りながらフンと鼻から息を抜いた。そこに翔太が来た。
「崇は?」
薫が煙草を吸うジェスチャーで答えた。
「そうか、丁度いいって言ったら崇に悪いけど」
「この際はっきり決めましょ」
薫の提案に険しい顔で頷くと、翔太は椅子を取った。
「もう無理よね。リズム隊がバラバラなんだし」
薫は二人の顔を見比べた。彰久は無言で翔太を睨みつけている。
「俺は続けたい。曲もできたし、こういうことで終わらせたくないんだ」
二人は俯いて答えない。
「とにかく合わせてみよう。それで駄目だったら、解散だ」
「うん」
「わかった」
返事を受けて翔太は立ち上がり、二人も楽器に手をかけた。崇が戻ってきた。
「お、行きますか。よーし、がんばろうぜ」
崇はギターを掴んで笑った。三人も笑みを見せた。
翔太がドラムを叩く。部屋にリズムが満ち、闇の中に光が生まれた。彰久のベースが乗る。蠢く低音がリズムに輪郭を与え、光が星になった。崇のギターが入る。歪んだ旋律が色を生み、星に大地ができた。そして最後に薫の歌が加わる。澄んだ声が響き、大地に鮮やかな花が咲いた。
翔太は思う。やっぱりこのメンバーは最高だ。彰久も笑顔で頷き、薫は歌とギターで答えている。
と、雷に打たれたように崇が激しいフレーズを奏で始めた。薫が目を見張って振り返る。かなり練習したに違いない。蚊帳の外だったが、崇はバンドのためにこんなにがんばっていたのだ。三人は頷き合い、崇を追って楽器をかき鳴らした。崇が振り向いて笑った。
翔太が頭上にスティックをかざすと、三人もピックを振り上げた。四人同時に腕を振り下ろし、勢いのまま崇が倒れ、薫と彰久も座り込んだ。開放弦とシンバルの残響の中、翔太は目を閉じた。美しく優しい夕日が見えた気がした。
太陽の光を柔らかく溜め込んだ布団が一つ。
日陰となった縁側で三つ折に置かれていた。
私はそれを見た瞬間、周りを見渡す。庭にも、家の中にも、向こうの畑にも入道雲にも誰もいない。絶好の機会。
「我突撃せり!」
左手の戦争漫画を室内に投げ、一羽の鷹の如く飛翔した。みしり、縁側の軋む音を地上に残し、わずかに空に浮き、やがて重力に捕まれ、今私は天国に落下しようとする。
――落ちる場所が天国たぁ乙なもんだ。
ばふん。
想像以上の柔らかさをもって布団は私を抱きしめる。
もふっ。
「おっふぉっふぉ」
あまりの気持ち良さに笑うと、布団に顔を沈めているせいか変な声になってしまった。それが妙におかしくて、また笑ってしまう。私もお年頃か。
布団の上で寝返り、仰向けになる。上半身を包む温もりと足先に触れる床の冷たさが絶妙な具合で私の眠気を誘う。
「あー、風鈴があればな」
大きな声で何も吊るされていない屋根を罵倒する。つまらん家だ。ここで風鈴が見えるとさらにイカしているんじゃないか。
「……焼きイカ!」
突如、焼きイカの鮮烈なイメージが私を襲う!
金網の上で見る見るうちに焼かれていくイカ。丸ごと。そこに放たれるのは容赦なき醤油の洗礼!
どじゅううううううううう。
沸き立つ香り! なんという我が創造力。これだけで口の中が唾液まみれだ。
「醤油ってズルい」
虚空の香ばしさ引き寄せられ、次にイメージとして現れたのはどこにでもあるただの日本酒だ。醤油、イカ、酒。何故だ神よ。これだけで私は幸せになれる自信がある!
ぐぅ。
圧倒的な空腹感とは真逆に、眠気は加速していく。
――時間差攻撃?
やりおる、やりおるぞこやつ。
目を瞑る前に、私は青い空に手を振ってみた。その青を自分の手でごしごしとふき取るかのように、重ねて、振った。
視界がぼやけて、振っている手は徐々に私の顔に近づいてくる。そして、ぺたりと両目を塞ぎ、私の意識もそこで塞がれた。
恐らくここは夢の中なのだろう。
十年後の私が焦土の上を歩いている。
焼きイカでなく焼死体を貪る日々。
なんと苦々しき幻想か。
血風に混ざる焦げた香り。
あぁ、ここにふとんがあれば世界は救われているのに――。
はっ、と目を覚ます。
すでに日は落ち始め、たそかれ時が近づいてきている。
奇妙な臭いが鼻をつく。見ると布団に私のよだれの染みが残っていた。
それが私には世界地図に見えた。
梅雨も中盤に差し掛かった頃、空は相変わらずじめついていた。連日の湿気と蒸し暑さに草木らもさすがに嫌気が差したのか、そのほとんどがうなだれていた。
そんな中、コンクリートのブロック上を行進しているナメクジ軍がいた。しかし、今はその足が止まっている。彼らの行く手が、悪の帝王ショウガクセイによる洒落にならない悪戯によって阻まれていたのだ。
というのも昨晩、一匹の三等兵が不運にも奴に目を付けられてしまい、この場で執拗な塩攻めに遭って命を落としてしまったらしい。三等兵の無念を屍ごとこんもりと包み込んだその盛塩は、雨水に溶け込み徐々に勢力を拡めている。雨粒がそれに衝突すれば、塩弾が飛び散ることにより、近くにいた兵士達は皆やられてしまうだろう。そのため、触れることすら許されず、さらには強力な塩弾を辺り構わず放つそれは、まさにナメクジにとって攻守に隙のない最強の要塞と化していた。
先導する隊長が、部下達に注意を呼び掛けている。彼らは隊長に従い、隊長の後ろにピタリと整列した。
隊長の横に並んだ兵士長は、心配そうな表情で隊長の様子を伺っている。兵士達に至っては、連日の強行群で疲弊しきっており、本来恵みであるはずの雨粒の直撃を喰らうだけでも酷く弱るという始末。ここから引き返す体力すら残されてはいなかった。
長考の末、腹を括った様子の隊長は、大声を上げて部下達に呼びかけた。どうやら疲弊しきった兵士達をナメクジ語で鼓舞しているようだ。その内容を和訳すると、我々には地面に這いつくばってでも生きてきたハングリー精神があるだとか、我々にはカタツムリとは違ってどんな場面においても逃げも隠れもしないだけの勇気があるだとか、そもそも粘りが違うだとか、そんな感じだった。
そのような隊長の激励によって、疲弊していた兵士達が次々に賛同の声を上げ、兵士としての輝きを取り戻し始めた。景気付けにナメクジ軍古来の軍歌を全員で大合唱した頃には、ナメクジ軍のボルテージはまさに最高潮に達しようとしていた。屈強な兵士達が、眩しいほどの輝きを放ち続けていたのだ。
そのときである。白き雨が兵士達に牙を剥いた。彼らの輝きが、その雨に次々と掻き消されていく。
「バイバイ」
彼らの遥か上空に、あの悪の帝王の姿があった。左手に黄色い傘、右手に白い猛毒の雨を握っていた悪の帝王は不気味に微笑みながら、彼らの断末魔をじいっと眺め続けていた。
父母に手を引かれ縁に出ると、庭の梅の木の下蔭でお獅子が二頭舞を舞っている。祭の日などに赤く巨大な頭を振りかざしながら街中を練り歩くあのお馴染みのお獅子である。お獅子の向こう、蹲の傍らに据えられた大人の背程もある石灯籠の天辺には、祖母がちょこんと座り微笑んでいた。もう何年も茸のような出来物に苦しみ続けていた祖母であったので、ああしてお獅子を見物できるまで快復したのなら本当に良かったと思い手を振ったが、一向気の付く様子もない。二頭のお獅子の中には二人ずつの人が入っているらしい。頭の方向転換に対し胴部分の受け持ちはなかなか付いていけぬようで、四本の白足袋が始終おたおたと不器用にたたらを踏むのが、午後の盛りの真白い日の中で妙に空々しく人工的なものに映った。自分は何故かしらこのお獅子たちを余り好きではないと感じていて、その漠とした好悪の感じは刻一刻と確かな不安の形象となって胸の辺りを撫でていた。できることならお獅子から目を逸らしこの場を去りたいと願ったが、両脇に控えた父母がこちらの二の腕をかっちりと掴んでいるためそれも叶わない。眺めている内お獅子たちの舞の調子は目に見えて速くなってきた。頭を覆うふさふさとした白い鬣が物憂い昼の空気を攪拌し、白足袋は青草の汁の飛沫の醜い染みを浮き上がらせた。祖母が丹精込めて育てた夏菊をすっかり踏み潰し、黒白の玉砂利を池に蹴落とし鯉を驚かせた。自分はだんだんと怖くなる。お獅子たちはそうした破壊を繰り返しながら着実にこちらへ歩を進めてきているようだった。父母は能面のような面を水平に保ったまま自分ではなくお獅子を見ている。祖母はにこにこと笑っている。頭を噛んでもらうのよ、と母が耳元で囁いた。それは恐ろしいことだった。人の胴程もあるあの顎に噛まれれば自分のような子供など手も無く死んでしまうだろう。四列の金歯が髪の先に当たり荒い息が顔に掛かる。不意に、これは本物の獅子なのだという訳のわからぬ確信が胸に広がり、自分は灯篭の祖母を指した。獣は身を翻し、石橋と踏みしだかれた菊、蹲を跨ぎ越し、灯籠へ頭を掛け祖母を戴いた。そうしてやはり笑い続ける彼女を頭に乗せたまま、枝折戸と西日の射し始めた金木犀の頂をぽんぽんと飛び越え瞬く間に見えなくなってしまった。いつか父母も姿を消し、音の無い昼の庭に自分ばかりが一人取り残されていた。そうしていつまでも祖母の帰りを待っていた。
とりあえずは無難に接近する。無難にとはつまり、ありきたりにということだ。
「きみ、釣りとか興味ある?」
「な、なんすか」
「あるよね? 貧乏そうだもんね。そんな人にはウチの釣りサークルが至上。いま入部したなら歓迎会もタダ。焼き肉食べ放題ジンジャエール飲み放題。どう?」
意外かもしれないが、こうすると十数人に一人は引っかかる。後日彼らは連絡をしてくる。
だが連絡先はフェイクだ。それはラグビー部に繋がっている。
どういうこっちゃ。新入生諸君は受話器を持ったまま首を捻る。
そしてある日唐突に理解するのだ。
「やられた! 魚じゃなくて俺が釣られたのか!」
そういうわけで釣りサークル四代目部長がこの俺だ。イタイケな新入生をムゴイ罠にかけて弄ぶ、許すまじきこの団体を、執拗に追い続け糸を手繰り寄せた〈魚〉だけが得られるこの立場。
「きみ、本当にそれで良かったの?」
「誰だ」
「私だよ」
ドアの前にいたのは夢野さんだった。
「いつ帰って来たんですか」
「今」
「なぜ」
「つまらないんだもの。よその院なんていくもんじゃないね」
そう言って欠伸を漏らすと、夢野さんは研究室のソファにもたれた。
三代目部長。青い悪夢と呼ばれたその女。その所以は、かつて酔った勢いで研究室の壁を青一色に染上げたという伝説による。
彼女は眠そうな目でぐるりと部屋を見渡した。
「壁、白いね」
「塗り直しましたから。俺が」
「なぜ」俺の口調を真似て彼女は言った。
「……落ち着きませんから」
「わからないな。青は母なる海だよ。人類皆魚。それを地上から眺めるのは愉快痛快」
「邪悪が過ぎます」
「冗談だよ。きみほどしつこい魚を見たらそんな気もなくなる」
彼女は微笑を浮かべた。俺は唇を噛んだ。三年前、イタイケな新入生だった俺は、釣られたままでたまるかと、醜態をさらすほどにこの部を追った。そのお陰で今がある。
俺はもはや自分が魚なのか人間なのかわからなくなった。
この人は、どうなのだろう。
「夢野さん」
「ん?」
「壁、半分だけ青くしますか」
言いつつ想像する。とても落ち着かない。
魚の住処でもなければ人間の住処でもない。
だが夢野さんは頷いた。
「……好きにすれば」
ただ一言そう告げて、彼女はふらり部屋から出てゆく。
その掴み所のない後ろ姿を眺めながら、ああ、あのとき自分は歓迎会の誘いなどではなく、この人そのものに釣られたのだったと、俺は今更ながら思い出していた。
2月29日。僕の生まれた日だ。僕の誕生日は4年に1度しか巡ってこない。あたりまえのことだけれど、暦から誕生日は消滅していても、皆と同じように細胞は循環し、老廃物を放出し、日々老化の一途を辿っている。多分。幸いにも、良き友人たちに囲まれ、暦の上では誕生日が存在しない年にも、前後いづれかの休日には、皆が誕生日を祝ってくれていた。これまでは。うれしいことだ。誕生日が毎年暦に刻まれていても、祝ってもらえない人もいるのだ。僕と5つ違う姉は、21の誕生日は泣いて過ごした。詳しくは知らないが、その1ヶ月前から、よく我が家に姉を送ってきていたBMWを見なくなっていたから、きっとそういうことが関係していると推察した。その日姉はしくしく泣き始め、時に号泣し、しくしく泣き止んで眠った。時々僕の部屋に向かって何かが投げつけられた。1度も部屋の扉を開けなかった。壁伝いでもそういう悲しみに溢れた行為を伺い知るのは辛い体験だ。僕は誕生日を泣いて過ごすまいと心に決めた。はずだった。残念なことに今年、僕は誕生日を1人で過ごす。せっかく暦にも日にちが刻まれているのに。幸せな時間はあっという間に過ぎ、4年に1度しか誕生日を迎えなくても周囲と同じように学校を卒業して社会人となり、皆と同じように忙しくなった。趣味の時間が本当に趣味の時間となり、「生き甲斐」が「息抜き」へと変化し、細胞は循環し続けた。肉体の緩やかな荒廃にともない、友人関係もゆっくりと、そして静かに疎遠となっていった。学生時代から続いていた恋人とも破局を迎えた。誕生日よりも破局のほうが多かった僕ですら、直近の破局は応えた。社会人になってしばらくは、自分の生活が劇的に変化したことに戸惑っていた。近くにいるはずだったその恋人は、気がついた時には、手の届かないほど遠くにいってしまっていた。戸惑いは今も消えることなく、静かにひっそりと循環する細胞と同じように、少しずつ形を変えながら、日々を僕とともに過ごしている。喪失も循環の1つなのだ。誕生日を一緒に祝う人がいないので、誕生日は4年に1度だと思うことにして気をラクにした。たとえ同じことが起こるのだとしても、次は4年後だ。もし良いことが起こるなら、4年後が楽しみだ。そして循環するのだ。
今日は友達と遊ぶので帰りが遅くなる。
私が朝食の場でそう言うと、父は渋い顔をした。娘を持つ父としては普通の反応。だが台詞がこれだ。
「女友達と一緒でも危ないな。最近このへんに痴漢が出るんだぞ。いつのまにか友達が、怪しい男に置き換わっているかもしれない。置換だけに」
くだらなすぎるダジャレに、私と母は揃って肩を落とした。父は常にダジャレを飛ばす悪癖がある。真面目な場面でも遠慮なし。聞かされる方はたまらない。
「大丈夫だよ親父。今日は俺も部活が長引くから、帰りに姉ちゃんを送るから」
と、弟が助け舟を出す。帰りに送ってくれるのも助かるが、このダジャレの流れを断ち切ったのがなによりの助け。
「さすがは剣道部主将。勇敢な君ならできる。ゆーかんどぅーいっと、ってな」
なのにまだ続けますかこのクソオヤジは。
「ちょっと父さん! ダジャレはやめてって前から言ってるでしょ。聞かされるこっちは疲れてたまんないのよ!」
私の叫びに、近くにいた母も無言でうなずいた。弟はぽかんとした顔で「俺は面白いと思うけど?」と言ってるがどうでもいい。
父は不満げに言い訳をこぼす。
「だが、父さんはダジャレが活力の源なんだ。ダジャレを他人に聞かせると、力が湧いてくる気がするんだよ」
「だったら家の中じゃなくて、駅前でも行って叫んでればいいでしょ!」
そんな無茶な私の反論に、父はなぜか心底納得した表情で「なるほど」と呟き、止める間もなくあっという間に家を飛び出した。
そして本当に駅前に行き、環境保護を訴えるふりをしてダジャレの独演会を始めたのだ。
「大地をだいち(じ)にしよう! オゾン層がなくなると大損そう! CO2を出さないようにしおっ」
聞かされた周囲の人達は、くだらなさに脱力してバタバタと倒れる。だが反対に父は血色がどんどん良くなり、頭からは毛が生えてハゲも直り、なぜか大胸筋まで発達していく。
際限なくダジャレを言い続けた父は、他人のエネルギーをどんどん吸い取り続け、ついには魔王と恐れられるようになった。倒そうと挑んだ者達は「魔王だなんて、まーおおげさな」と言われただけで即死したという。
今や敵なしの父を倒せる者が一人だけいた。ダジャレを聞いてもむしろ面白がってた弟だ。
「俺は魔剣士として魔王を倒しに行く。魔王には負けんし!」
そう言って彼は、崩れ落ちる私達に背を向け、魔王を倒す長い旅に出たのだった。
なんだこれ。
熊猿高校3年B組では、学園祭をめぐって派閥ができていた。
新築のホールで上演する学級対抗芝居では、ベルサイユのバラを演じたいフランス派と、項羽と劉邦の中国派に分裂し、クラス屋台では洋風カレーのフランス派と生姜モナカの中国派にわかれていた。フランス派のリーダーは才媛美女の吉原さん。携帯電話をわざと持たない彼女にはトリマキがいる。電話をかけるそぶりをするだけで長身の運動部員たちが各自の電話をさしだすのだ。そのにょきっと突き出される日焼けした腕を眺めて「黒い雨が降ってきたみたい」と高笑いするのが吉原さんなのである。
対する中国派のリーダーは猿山といった。山登り部の男子である。妖艶な吉原さんには見向きもしない。タイプの女性は? と聞かれると、「赤十字の女医!」とこたえるのだが、皆は意味がよくわからない。
「わんだー、わんだー、わんだーふぉーげるっ!」
とナゾの奇声を発することもあって、吉原さんはこの猿山が嫌いでならなかった。しかし、いわゆる草食系男女に猿山の素朴さは人気があるのである。
ちょうどクラスが真っ二つに割れていたその日、登校拒否の市川六助が珍しく学校へやってきた。登校拒否といっても、六助の場合は女にモテすぎて、女が彼を通わせないのである。両親がなく名義のみの親類の家を出た六助は水商売の女たちにモテる。彼女たちは「六助がいない人生は暗闇」とまで言う始末で、学校の女性教師までもが六助には秋波をおくる。その六助の久しぶりの登校であった。
「みんな、須磨の砂浜で相撲して決めよ?」
六助の提案だった。彼は行司をすると言った。フランス派の肉体軍団は中国派が吉原さんと相撲できることを嫉んだ。相撲好きの猿山は「相撲にガタイは関係ないっ! わんだー、わんだ、わんだーふぉーげるっ!」と草食系男女を集めて猛練習。
決戦当日。吉原さんと相撲がしたいムンムンの肉食男子たちは突然中国派に転向宣言。圧倒多数が中国派になると、今度は相撲がしたくてたまらない猿山はフランス派へ転向宣言。猿山を慕う一派もフランス派へ。そうして肉食男子と猿山派が戦う間、吉原さんは相撲そっちのけで六助にうっとり。六助はまじめに行司もやらず、結局、フランスも中国もなくなった。文化祭では吉原さん脚本演出で猿山派と肉食男子の相撲対決を喜劇芝居にすることに。屋台はインドカレーになってこれにて一軒落着。ただ六助はやっぱり学校に来ない。
快晴、海風、気の利いた休日の午後のひと時。
そんな渚のカフェで、黒のパンツと白のカッターシャツを着た初老のオーナーが、わたしたちのアイスコーヒーを運んできてくれた。
ラッパ型のグラスに注がれたコーヒーは、透きとおったきれいな褐色で、たっぷり入ったロックアイスの姿が見える。グラスには黒いマドラーが挿してある。つい足長おじさんを連想して「渚の紳士」と名づけてみる。
ミルクをコーヒーに注ぐ。ミルクは氷の隙間をぬって、コーヒーとの境界線をあいまいにして溶けていく。ミルクは生命力に満ちている。グラスのなかで、渚の紳士が氷たちとともにくるくる回る。
手元にあったストローは、くるりと曲がったひねくれもの。そっとグラスに挿して口を添えれば、うん、おいしい。
ふぅ。だんだんと気持ちがよくなって、うつらうつらとしてしまう。目を閉じると、遠くから波の音が聞こえてきた。渚で音が重なりあう。意識の奥で、波の音とともに歌が聞こえてくる。
どこのお祭りだろう。まぶたを薄く開けてみた。半分開いた視界から、目の前のグラスのなかで動くものが見える。のぞいてみると、あら素敵。褐色のコーヒーのなかを泳ぎまわる、小さな子供たちの姿が見える。
心浮かれて眺めていると、泳ぎまわる子供たちの下で、アコーディオンを弾く紳士に気づいた。オクラホマミキサを奏でている。ちゃららららららん、ちゃらららららら。曲に乗って泳ぐ子供たち。紳士の足下では、沈殿した白いミルクの砂が溜まっている。
子供たちのなかで、長い手足をぎこちなく動かすおにいさんがいた。ひとりの子供が、おにいさんにあわせていっしょにオクラホマを踊っている。やさしい子ね。
見惚れていると、お腹のなかから赤ん坊の声がした。さっき飲んだコーヒーからオクラホマを聴いたようす。お腹のなかを元気に泳ぐ。あなたも楽しくなったの? 温かい気持ちになってお腹をなでる。
浜辺から吹いてきた風が、頬をなでた。
目を開けると、目の前には一口分だけ減ったさっきのミルクコーヒーがあった。グラスに浮かぶ氷の間で、マドラーとストローが立っていた。
カウンターではオーナーが食器を拭いている。わたしはやさしい高揚感に包まれながら、向かいの席に座る、何も知らない夫と娘を見て思う。なんという平和の象徴だろうと。
「ねぇ、ママみて。
みぎてはぐうで、ひだりてはちょきで、かたつむりー、かたつむりー。ね?」
123回目の自殺だった。俺は、点滴の針を抜いて機関銃を構えた。引金を引くと病室中が穴だらけになった。俺は壊れた窓ガラスに向かって助走し、地上456階の病室から朝の光の中へ飛びこんだ……
「何回やっても同じことよ」
眼帯をした女の子は月曜日のバナナを頬張りながら、ベッドに横たわる俺を見下ろしていた。
「あなたも食べる?」
女の子は、包帯の巻かれた俺の手に火曜日のバナナを握らせた。
「じゃあ君は何回自殺したんだ」
「この間、医師とかナースの前で78回目のピストル自殺をしたわ。でもあいつら、顔色一つ変えなかった」
病室の窓からは、飛行機や、渡り鳥や、水曜日の無力感なんかがゆっくりと移動しているのが見える。
「あたし、ずっと考えていたことがあるの」
眼帯の女の子は、病室のカーテンにぎゅっとくるまりながら俺を見た。
「でも、すごくヘンテコなの」
「教えろよ」
女の子はカーテンの中から、印籠を見せるような感じでバナナを出した。
「ここから、脱走する方法よ」
俺たちは出来る限りの準備を整えると病棟の出口へ向かった。途中で、守衛の男に声をかけられた。
「お前ら、ずいぶん楽しそうだな」
眼帯の女の子は、木曜日のバナナと金曜日のバナナをモミアゲ風に、俺は土曜日のバナナをチョンマゲ風に頭にくくりつけていた。
「あたしたち、脱走するの」
「なんだって?」
話はすぐに伝わり、出口のまわりに医師や守衛たちが集まってきた。
「いったい何のつもりだ」と一人の医師が俺たちに問いただした。
俺は手に持った日曜日のバナナに、ライターの火を近付けた。
「よせ!」
医師の顔はみるみる歪んでいく。
「君たちは病気なんだぞ!」
「あんたもな」
出口のロックが解除され、俺たちは口笛を吹きながら病棟を抜けだした。9歩だけ呑気に歩いたあと、お互いに顔を見合わせて走り出した。
「ねえ、追いかけてくるよ!」
俺たちは、モミアゲバナナやチョンマゲバナナを投げてやつらを遠ざけた。そしてエレベーターに飛び乗ると、俺は最後のバナナに火を点けて外に放り投げた。
「伏せろ!」
急降下するエレベーターの中で、俺たちは乾いた空のような爆発音を聞いた。
「君、生きてるか?」
「うん。でも生きてるって、どんな気分なの?」
「さあな」
俺は今朝の自殺を思い出した。
「なんかさ」女の子は、はねた髪の毛を指先でつまんだ。「すごくヘンテコな気分だね。生きてるって」
ドキッとして振り返るとタツヤが抜き身の白刃のごとき金属バットを握っている。
「どうした、入れよ」逃がさないぞと、ずいっと迫ってくる。
「あ、あああ、……」
いきなりの斬り合いか、いやいや、殴り合いか。のどから心臓が飛び出すほど栄太。驚いた。
抜き身で迫ってくるなんて、卑怯なヤツだ。大胆不敵こいつは神経がない。どうしよう。
「どうした? なぐるぞ」
「うグっ! ……!!」それはオレのセリフだ。口惜しいことに笑っている。
「あぁっ、あああ、……」
本当に、本当に、卑怯なヤツだ。
「さっさとうちの中へはいれって云ってんだよ」
「ううぅ、ううう、……いや、か、かえるよ。ちょこっとよっただけさ」
「え、そう、じゃ送っていくよ。ゴルフの打ちっぱなしでもやってきたのか?」
「えっう、ちぃ、がううよ」
「なんだ、ゴルフの練習じゃないのか。高校生でもゴルフなら1億円稼げるといってたじゃないか。そらぁ、たしかにあんなに稼ぎ出せるスポーツすごいよ、なぁ……」
なんと、のー天気なんだ。タツヤはバカだと栄太、考えた。
本当にゴルフやって勝てると思ってるのか。ああ、こんなやつ目が大きくていい感じだとおもっていた自分が情けない。こんなヤツと友達だとおもうと自分に腹が立って、情けなくて、ああ、こんなヤツ。殴ってやる。……ッて、それはオレのセリフだあぁ……。
「ちょっと寄っていこう」
タツヤが道をそれて近くの公園に行こうといった。肩をぶつけて、栄太の向きを変えて二人で公園に向かった。
「試験煮詰まって、ここでバットの素振りしてたら酔っ払いがいてよぉ……」
ゴルフの話も、すげぇーなぁと言ってしまうと、後は、もう、どうでも良かった、女みたいに話すことがない。まったく、女ってヤツはどうしてあんなに話が溢れてくるんだ。
タツヤは、ゴルフをやりたいんだと、栄太は感じていた。
タツヤはずるいんだ。オレより自分がやりたいんだ。と、栄太。セリフを飲み込んだ。
「賞金だけで一億だ。ゴルフは現役が長いぞ」
「うん、長いよな」
「賞金だけで稼げるのは、試合が多いんだよな」
「うん、おおいよな」
野球より、全然すくないじゃないか。栄太、思った。
「賞金ってコトは勝てばいいんだよ。ことーんっと、穴の中にボールが落ちるだろ、あれは気持ちいいだろうなあ」
「ああ、優勝なら……な」
「試験の前に、夢への挑戦なんて余裕じゃないか」
酔っ払いが近づいてきた。
「ゴルフやったことがあるのかい?」
けたたましい鳥の囀りに呼び起こされ、眠気覚めやらぬままカーテンを開け放って見上げた空は群青色だった。横にした3のような鳥達が朝もやの中にゆらめいて、もつれた糸に絡め取られているように見えた。朝の野良仕事に向かう老婆の砂利を踏み鳴らす軽い音が遠ざかっていった。囀りの主を捜すべくベランダに出ると威嚇するような羽ばたきをもって鳩が飛び立ち、夥しい羽毛と糞の中、エアコンの排気ダクト上に椀状の巣が残されていた。鳩らの増殖した光景を思うと怖気が立ち、呪われた玉座のようなそれを箒で叩き落とすと、器具を組み込むような音を立てて卵が床に落ちた。遠くで鳩が小さく鳴いた。藁と土と糞尿のこびりついた乳白色の殻は真っ二つに割れ、黄身はその薄い保護膜を突き破って透明な粘液を斑に蝕んだ。
携帯電話には誰からの着信もなかった。水を撒き、糞と羽毛と巣と殻とを排水溝付近にかき集める間じゅう、鳩は横目でこちらを凝視していた。ごみ止めで玉座を砕くと、中から割れずに残った卵が現れた。巣ごとにじってしまおうかとも思ったが、鳩の視線に後ろめたさを感じてやめた。洗って汚れを落とすと、卵はやや桃色がかった乳白色で波紋のような文様がうっすらと浮かび、外殻はゆがみのない美しい流線型をしていた。真由は電話に出ない。市原も同様だった。真由は入口で焦らすと可愛い顔をするとのこと。今ごろ二人は眠っているのだろう。窓の外では先ほどの老婆が罠にかかったと思しき狸を物干し竿に逆さに吊っていた。
押入れをあさって天秤を取り出し、片方の皿に卵、もう片方の皿に分銅を載せた。卵側に傾いた天秤は分銅を十七グラム置いたところでゆっくりと動き出した。ピンセットで板状の分銅をつまんで載せる。窓の外でこつんという音が軽薄に響き、目をやると、老婆が金槌を持って立っていた。吊られた狸は前足をだらりと力なく垂らしていた。老婆は金槌を台におき、包丁を手にとって切っ先を後足に当てた。真由はやりまんだから頼めばやらせてくれますよ、と市原は言った。俺は分銅をもう一枚載せる。天秤は水平に近付く。老婆が皮の裂け目に指を差し込んで引き剥がす。真由の幸せそうな姿を見ているだけでよかった。二枚の分銅を皿の中心で慎重に重ね合わせる。携帯電話は鳴らない。老婆は竿を軋ませながら脱がすように皮を剥ぎ、中から乳白色の弱々しい生き物が震えながら現れた。天秤は水平にぴたりと安定した。
「このノブを右に回すと」
「回すとどうなるの?」
「ノイズが出るよ」
「左に回すとどうなるの?」
「左に回すと」
「左に回すと?」
「もっとノイズが出るよ!」
あなたには見えない音。
あなたには聞こえない音楽。
レッドチェッペリンとライト兄弟のセッション。あの気球船は映画館のスクリーンから作られた。
あなたにしか見えない音。
あなたにしか聞こえない音楽。
リボルバーで死ねない時。
対戦車砲で自殺出来ない時。
風の速さマシンガン振り返り。
ドップラーは赤河に移動し終えて、アルファベット。アルファーベーター。
戦車にリボルバーが投げつけられる。がつん。
戦車にサージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドが投げつけられる。スクリーンスクリーンスクリームスクリーン。
海岸線にどこまでも白線。どこまでも海岸線がいつまでも消せない白線。
「ここはどこだね」
泣き終えた赤子は美しく立ち、芸者の娘を何人も引き連れて海岸線、男装美しく立ち
「ここはどこだね」
美しくスクリーン引き連れて行って。白線。引きちぎられて引き連れて直線。レッドチェッペリンとライト兄弟とビートルズとチャールズ・ブコウスキーのセッション。あなたには聞こえない音楽。あなたにしか聞こえない音楽。スクリーン。白線引きちぎられて赤い線引きちぎられて引き連れて。
「はやくはやく、舞台はこっちよ!」
「はやくはやくはやくはやく! 部隊はこっちよ!」
あなたにしか見えない音。
あなたにしか聞こえない音楽。
リボルバーで死ねない時。
対戦車砲で自殺出来ない時。
単純でシンプルで、最高の輝きで、スクリーンに輝いて。
ジョン・レノンとジョン・ボーナムとブライアン・ジョーンズとシド・ビシャスとシド・バレットがバンドを結成する。私たちには行けないところに行く。
「お前たちには行けないところに行くのだ」
It goes to the place in which it cannot go for you.ああこのアルバムをずっと待っていたよ。このみみなりをずっと待っていたよ。
「このノブを右に回すとどうなるのかね」
海岸線。男装。断層。引きちぎられた芸者たち。子供たち。スクリーン。
「ノイズが出るよ」
「左に回すとどうなるの?」
「左に回すと」
「左に回すと?」
スクリーン。
「もっとノイズが出るんだ」
たくさんのたくさんの、全ての音楽を含んだノイズが出る。