第92期 #6
子供の頃、電子レンジが怖かった。あんなにホカホカに温まるのだからきっと熱いはずと、お皿を持つことが怖かった。「熱くない」と言われて、触ってみて初めて驚いた。子供の頃の思い出。
そんな思い出を、一人で夜中ホットミルクを飲みながら思い出した。温かいカップに、冷たいミルク。あの頃の思い出と全く逆のシチュエーション。
ミルクを温め直しながら、電子レンジは偉大だとつくづく思った。もし今震災が起こっても、電子レンジと一緒なら生き抜けるかもしれない。
すっかり温まったホットミルクを飲みながら、でも台所は寒いからやっぱり嫌だなと思い直す。そうして、阪神大震災も確か一月だったよなと思い出した。
私はたったの五才。布団をがんがんに被されて、その重みで目が覚めた。あの時目を覚ましてきたのは、兄妹の中でも私だけだったらしいと後に聞いた。
ほう、と息を吐いて、どうしてそもそもホットミルクなんて飲もうと思ったのかを考えた。
寝付けなかったわけじゃない。寒かったけど、いつもは寒くてもじっと布団で暖まるのを待っている。
そもそも私は牛乳なんて滅多に買わないことを思い出した。
ホワイトソースを作ろうかと思って、牛乳を買ってきたんだっけ…。それからケーキも焼こうかと思っていた。もうしばらくすると、友達の誕生日だから…。
つらつらと考えているうちにホットミルクも底をついた。
寝よう。
そう思って、冷たい水でまだぬるいカップを洗った。水を切って、フックに引っ掛ける。
すっと顔をあげてみて驚いた。
雪…。
私の頭に夕方のニュースが蘇った。
「明日は寒くなりそうですね」
「ええ。北部南部ともに、今日の夜から明日朝にかけて、雪がちらつきそうです」
そんなニュースだった。それを見て、単純な私の頭は、雪イコール白イコール牛乳という式を弾き出したのだろう。
今日はホットミルクを飲もう。
それは、そのニュースを見ながら思ったことだった。そうしてホットミルク、ホットミルクとそれだけを頭に刻みつけたのだ。
なるほどね。
独り合点をして、寝ようと台所を後にする。怖くないように、私の去る後から電気を消して。そうして全部の電気を消して、私は眠りに着いた。