第92期 #4

『綺羅』

 帰宅途中に、県道の交差点で野良猫を轢いた時、光が芽生えた。血糊に塗れた肢を放って、八十度曲がった首の付け根から玩具のような脊柱が飛び出していた。夜なので、見えなかった。ヘッドライトにその姿が浮かんだとき、ブレーキを踏むのを忘れた。
 ここいらで野良猫が繁殖し、事故が多発していることは知っていた。でもまさか自分が轢いてしまうとは。轢死体の猫の懐に、光が芽生えた。怖ろしくなって家路に着いた。

 一週間後である。長引いた残業に疲れ、無心で車を走らせていると、眼前に光が溢れた。先日、猫を轢いたあの交差点である。一瞬、光の中を何かが横切り、次いでタイヤが何かに乗り上げる感触があった。運転席を出、車の後方二メートルのところに猫を見つける。黒ぶちの仔猫。張り裂けた腹の皮膚の隙間から光芒が洩れていた。

 一ヵ月後、また轢いた。フロントガラスに映りこんだ姿は、ランドセルを背負った女子児童だった。ボンネットで跳ね、小さな身体が宙を旋回したとき、見開かれた円らな双眸から血の涙と、幾筋もの光の粒子が靡いているのが見えた。
 ああ、いけない。
 車を降り、地に伏した亡骸を見下ろしながら、彼女の首筋から流れ出る血液が、瞬く間に黒いアスファルトを浸していくことに慄いた。捲れ上がったスカートの陰に、桃色のパンツ。小ぶりの尻も血で薄汚れていた。未熟な太腿は心なしか躍動していて、か細い呻き声が聞こえる。ゆっくり首筋に触れる。幼女の肌触りの中に、今こそ死に絶えるであろう冷ややかさを感じた。持ち帰ろう、そう決意したのはすぐ後だった。

 亡骸を家に運び、事切れた幼女を裸にさせ、汚れた衣服をナイロン袋に仕舞った。幼女の裸体は命失った後でも瑩然とした輝きを放っていた。奇妙に歪んだ彼女の身体を擦っていると、途端に欲情を覚え、陰毛も生え揃わぬ艶かしい股の割れ目に指を触れると、指先が光で濡れた。彼女の代わりに喘ぎながら、堪えきれなくなって、閉塞感剥き出しの幼い体内に射精した。すると、飛び散った精液が彼女の唇に触れ、光の煙が棚引いた。忽ち爽快になりぱっと目を開けば、周囲は眩き光が包み、乗用車のフロントガラスが目の前に現れた途端に衝撃を受け、宙を飛び、地面に落ちたのち、じわりと、全身の感覚を鈍痛が奪う。
 眼前に広がる空には綺羅とした星々。覗き込んできたのは、轢いた上に犯した幼女の愛くるしい笑みで、幼女は夜闇の中で、みゃあと鳴いた。



Copyright © 2010 石川楡井 / 編集: 短編