第92期 #17
父母に手を引かれ縁に出ると、庭の梅の木の下蔭でお獅子が二頭舞を舞っている。祭の日などに赤く巨大な頭を振りかざしながら街中を練り歩くあのお馴染みのお獅子である。お獅子の向こう、蹲の傍らに据えられた大人の背程もある石灯籠の天辺には、祖母がちょこんと座り微笑んでいた。もう何年も茸のような出来物に苦しみ続けていた祖母であったので、ああしてお獅子を見物できるまで快復したのなら本当に良かったと思い手を振ったが、一向気の付く様子もない。二頭のお獅子の中には二人ずつの人が入っているらしい。頭の方向転換に対し胴部分の受け持ちはなかなか付いていけぬようで、四本の白足袋が始終おたおたと不器用にたたらを踏むのが、午後の盛りの真白い日の中で妙に空々しく人工的なものに映った。自分は何故かしらこのお獅子たちを余り好きではないと感じていて、その漠とした好悪の感じは刻一刻と確かな不安の形象となって胸の辺りを撫でていた。できることならお獅子から目を逸らしこの場を去りたいと願ったが、両脇に控えた父母がこちらの二の腕をかっちりと掴んでいるためそれも叶わない。眺めている内お獅子たちの舞の調子は目に見えて速くなってきた。頭を覆うふさふさとした白い鬣が物憂い昼の空気を攪拌し、白足袋は青草の汁の飛沫の醜い染みを浮き上がらせた。祖母が丹精込めて育てた夏菊をすっかり踏み潰し、黒白の玉砂利を池に蹴落とし鯉を驚かせた。自分はだんだんと怖くなる。お獅子たちはそうした破壊を繰り返しながら着実にこちらへ歩を進めてきているようだった。父母は能面のような面を水平に保ったまま自分ではなくお獅子を見ている。祖母はにこにこと笑っている。頭を噛んでもらうのよ、と母が耳元で囁いた。それは恐ろしいことだった。人の胴程もあるあの顎に噛まれれば自分のような子供など手も無く死んでしまうだろう。四列の金歯が髪の先に当たり荒い息が顔に掛かる。不意に、これは本物の獅子なのだという訳のわからぬ確信が胸に広がり、自分は灯篭の祖母を指した。獣は身を翻し、石橋と踏みしだかれた菊、蹲を跨ぎ越し、灯籠へ頭を掛け祖母を戴いた。そうしてやはり笑い続ける彼女を頭に乗せたまま、枝折戸と西日の射し始めた金木犀の頂をぽんぽんと飛び越え瞬く間に見えなくなってしまった。いつか父母も姿を消し、音の無い昼の庭に自分ばかりが一人取り残されていた。そうしていつまでも祖母の帰りを待っていた。