第92期 #16
梅雨も中盤に差し掛かった頃、空は相変わらずじめついていた。連日の湿気と蒸し暑さに草木らもさすがに嫌気が差したのか、そのほとんどがうなだれていた。
そんな中、コンクリートのブロック上を行進しているナメクジ軍がいた。しかし、今はその足が止まっている。彼らの行く手が、悪の帝王ショウガクセイによる洒落にならない悪戯によって阻まれていたのだ。
というのも昨晩、一匹の三等兵が不運にも奴に目を付けられてしまい、この場で執拗な塩攻めに遭って命を落としてしまったらしい。三等兵の無念を屍ごとこんもりと包み込んだその盛塩は、雨水に溶け込み徐々に勢力を拡めている。雨粒がそれに衝突すれば、塩弾が飛び散ることにより、近くにいた兵士達は皆やられてしまうだろう。そのため、触れることすら許されず、さらには強力な塩弾を辺り構わず放つそれは、まさにナメクジにとって攻守に隙のない最強の要塞と化していた。
先導する隊長が、部下達に注意を呼び掛けている。彼らは隊長に従い、隊長の後ろにピタリと整列した。
隊長の横に並んだ兵士長は、心配そうな表情で隊長の様子を伺っている。兵士達に至っては、連日の強行群で疲弊しきっており、本来恵みであるはずの雨粒の直撃を喰らうだけでも酷く弱るという始末。ここから引き返す体力すら残されてはいなかった。
長考の末、腹を括った様子の隊長は、大声を上げて部下達に呼びかけた。どうやら疲弊しきった兵士達をナメクジ語で鼓舞しているようだ。その内容を和訳すると、我々には地面に這いつくばってでも生きてきたハングリー精神があるだとか、我々にはカタツムリとは違ってどんな場面においても逃げも隠れもしないだけの勇気があるだとか、そもそも粘りが違うだとか、そんな感じだった。
そのような隊長の激励によって、疲弊していた兵士達が次々に賛同の声を上げ、兵士としての輝きを取り戻し始めた。景気付けにナメクジ軍古来の軍歌を全員で大合唱した頃には、ナメクジ軍のボルテージはまさに最高潮に達しようとしていた。屈強な兵士達が、眩しいほどの輝きを放ち続けていたのだ。
そのときである。白き雨が兵士達に牙を剥いた。彼らの輝きが、その雨に次々と掻き消されていく。
「バイバイ」
彼らの遥か上空に、あの悪の帝王の姿があった。左手に黄色い傘、右手に白い猛毒の雨を握っていた悪の帝王は不気味に微笑みながら、彼らの断末魔をじいっと眺め続けていた。