第92期 #14

バンド

「ケチャケチャケチャケチャ!」
 移動教室帰りの渡り廊下で男子が騒いでいた。翔太は加わらず、遅れて歩いていた。さっき見たケチャの映像に、歌う男たちとバリ島の夕日に圧倒されていたのだ。
 ふと目を遣ると、駐輪場にギターケースを背負った崇の姿があった。翔太は崇とバンドを組んでいて、この後スタジオに入る。不意に暗い気持ちに囚われた。
「音楽か」
 再びケチャを思い出して、翔太は呟いた。

「なあ、最近お前ら何かあった?」
 スタジオのロビー。崇は雑誌をめくりながら尋ねた。彰久も薫も仏頂面で押し黙っている。翔太はまだ来ていない。崇は舌打ちを残してトイレに去った。薫は見送りながらフンと鼻から息を抜いた。そこに翔太が来た。
「崇は?」
 薫が煙草を吸うジェスチャーで答えた。
「そうか、丁度いいって言ったら崇に悪いけど」
「この際はっきり決めましょ」
 薫の提案に険しい顔で頷くと、翔太は椅子を取った。
「もう無理よね。リズム隊がバラバラなんだし」
 薫は二人の顔を見比べた。彰久は無言で翔太を睨みつけている。
「俺は続けたい。曲もできたし、こういうことで終わらせたくないんだ」
 二人は俯いて答えない。
「とにかく合わせてみよう。それで駄目だったら、解散だ」
「うん」
「わかった」
 返事を受けて翔太は立ち上がり、二人も楽器に手をかけた。崇が戻ってきた。
「お、行きますか。よーし、がんばろうぜ」
 崇はギターを掴んで笑った。三人も笑みを見せた。

 翔太がドラムを叩く。部屋にリズムが満ち、闇の中に光が生まれた。彰久のベースが乗る。蠢く低音がリズムに輪郭を与え、光が星になった。崇のギターが入る。歪んだ旋律が色を生み、星に大地ができた。そして最後に薫の歌が加わる。澄んだ声が響き、大地に鮮やかな花が咲いた。
 翔太は思う。やっぱりこのメンバーは最高だ。彰久も笑顔で頷き、薫は歌とギターで答えている。
 と、雷に打たれたように崇が激しいフレーズを奏で始めた。薫が目を見張って振り返る。かなり練習したに違いない。蚊帳の外だったが、崇はバンドのためにこんなにがんばっていたのだ。三人は頷き合い、崇を追って楽器をかき鳴らした。崇が振り向いて笑った。
 翔太が頭上にスティックをかざすと、三人もピックを振り上げた。四人同時に腕を振り下ろし、勢いのまま崇が倒れ、薫と彰久も座り込んだ。開放弦とシンバルの残響の中、翔太は目を閉じた。美しく優しい夕日が見えた気がした。



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