第92期 #11
『「佐野先輩とショートショートの競作をするんだって?」
箕輪英太郎が聞いてきた。
「そうだけど・・・それが何か?」
「やめときなよ」
箕輪は心配そうな顔で続ける。
「明石さん、潰されちゃうよ」
深刻そのものの彼の口調に、わたしは噴き出しそうになった。
「潰されるって、何よ。文学の競作よ、格闘技じゃないんだから」
「そうなんだけど、何ていうか、佐野先輩は特別なんだよ」
適当に手をひらひらさせて、わたしはその話を終わらせた。
佐野先輩と競作をすると決まってから、この手の忠告?警告?を何度も受けた。
なんでも、佐野先輩は今までに幾人もの競作相手を『再起不能』にしているという。
話し手は常に真剣に、恐怖におののきつつ、といった様子でわたしにそう語るのだが、わたしは毎回辛うじて噴き出すのをこらえてそれを聞いた。
元々わたしはどちらが上手いか勝負をつけよう、などという気持ちで競作するわけではない。だから、佐野先輩がどんなものを書いてこようとそれ で打ちのめされるという事など無い。
それに…、先輩の作品は幾つか読んでいたが、読み易く引き込まれる文章ではあるものの、正直、“文学”では無いと思っていた。
ヒネリの利いた、ブラックな味の娯楽作品。
面白い読み物ではあっても、それだけ。
私のように、形にならない生の感覚を表現しようとする“文学”作品とは、始めから違うものなのだ。
周囲の目に、先輩の“勝ち”と映ろうが、私にはちっとも構わない。
何故なら、私の気持ちを一番分かっているのが私である以上、私にとって最高の作品は常に私の作品なのだから…』
佐野誠吾の作品『競作』をここまで読んだ時、明石理恵子は文学部部誌を床に取り落としてしまった。
軽い眩暈を感じてよろめいた明石の肩を、誰かが支えた。
「大丈夫かい?」
明石の顔を心配そうに覗き込んだのは、佐野だった。
「心配だよ。僕には、君の気持ちが痛いほど分かるから」