第91期 #9
平凡な日常を、僕は常々嫌と感じていた。
ある日、ついに平凡であることからの退屈さを堪えることが出来ず、まだ開けることを許されていない扉をこじ開けた。これで、きっと何かが変わる。そう信じて。
しかし、そこには前と何の変わり映えもない世界が広がっていた。無表情で無愛想。平和で閑散。異臭だが無味。地面にはカラフルなメッキで、あちこちに塗装が施されている。
僕は憤慨して、半ばやけくそ気味に別の扉の処に行った。それも、ここの世界では開扉をすることを禁じられているのだろうが、なに、構うものか。
その扉は鍵が掛っていた。
僕は近くに落ちていたガラクタを拾い、それを力いっぱい鍵に打ちつけた。何度かやっている内に、意図も簡単にそれは壊れて外れてしまった。
扉を開けて中に入る。
さっきよりも酷い悪臭が鼻を突いた。暗くてよく前が見えない。
ようやく目が暗闇に慣れて、それに気付く。
僕は目を見開き、それを見た。背筋に悪寒が走る。恐怖で身体が、がたがたと震える。
そこには悪魔がいた。
絶好の獲物を見つけたというしたり顔で、僕を狡猾そうな鋭どい両眼で見つめていた。キシキシ笑い、醜い顔を歪め、涎を垂らしている。
僕は、ぎょっとして、急いで前の部屋へ逃げ戻ろうとした。入ってきた扉まで走り、ドアノブを回す。
が、開かなかった。まるで、僕のことを元の世界が拒絶しているかのように扉は固く閉ざされたままだった。
後ろを振り返ると、悪魔がもう、すぐそこまで迫っていた。恐ろしい形相で襲いかかってくる。――逃げられない。僕は恐怖で金縛りにあったように動くことが出来なかった。そして、悪魔の魔の手が僕の顔を掴み取る。僕は絶叫した。
「もったいないことしたなァ小僧」
最後に悪魔の裂けた口から喜々とした声が聞こえた。
気が付くと、僕は何もない処にいた。壁もなく地もなく扉もない。さっきの悪魔もいなかった。ここは何処なのだろう。周りを見回す。声を出してみる。しかし、声は出なかった。あれ? 自分を見る。そこには何もない。そうか僕も。
いないのだった。