第91期 #17
詩の朗読みたいに聞こえた。
「あなたの恋人と思われる化石が、二万年前の地層から発見されました」
電話の相手は確かにそう言っていた。
「身元確認のために、ぜひ現地までお越し願えないかと」
僕はさっそく会社に休みを取った。事情はなんとか理解してもらえたが、有給扱いにはしてもらえなかった。
「彼女の顔なんてもう思い出せないよ。わざわざ僕が現地まで行かなくても」
「皆さんそうおっしゃいます。あまりにも長い時間が経過した、不安だとね。でも実際に会ってみると、嘘みたいに記憶が蘇るという例も少なくありません」
僕は数日後、国際線の飛行機に乗った。初めての外国旅行だった。
「今から恋人に会いに行くんだ。気が遠くなるほど古い恋人にね」
客室乗務員の女は、浅黒くて唇の厚い南方系の顔立ちをしていた。
「チキンとお魚、どちらになさいますか?」
「ビールを一つ。飛行機ってなかなか慣れないよ」
南方系の女は何か言いたげに唇を開いた。しかし何を思ったのか両手でそっと僕の顔に触れると、母親が子供にするような格好で僕の鼻にキスをした。
「古い記憶というのは化石と同じで表面からは見えません。長い記憶の歴史から見れば人間はみな記憶喪失だと言えます」
「記憶喪失?」
「ええ。世界の記憶は、一つも失われることなく全て保存されています。私たちの活動の目的は、失われた世界の記憶と繋がるためのラインを構築することにあります」
僕は機内でビールを飲みながら、空港で買った現地の地図を広げた。その地図は、子供の頃に描いた空想の地図によく似ていた。
「化石の発掘は単なる記憶の収集ではありません。世界の記憶は人類の言語機能と繋がることで覚醒し、この世界の本当の意味を、世界自身の言葉によって現実化するのです」
「言ってることはよく分からないけど、協力はするよ」
「ありがとうございます」
「でも彼女は、僕のことを憶えているかな?」
「皆さんそうおっしゃいます」
「だけど僕は、彼女に会ったことすらないんだぞ」
「でも記憶の残像はある。一瞬だけ、心臓を掴まれたような」
「そうだ」
「お二人は確実に出会っています。記憶の中で」
機内放送が流れ、飛行機は着陸態勢に入った。僕は夢のように広げた地図を小さく折り畳んでポケットへしまった。
「やっぱり気付かなかったのね」
あの南方系の女が、首に巻いたスカーフをほどいて僕の隣に座った。
「でも、やっと会えた」